ベンチ

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 公園内の中央に、そのベンチはあった。凡庸な、黄色いベンチである。隣には、元は白塗りの今では剥げて露出した木製の柵、その中には、銀杏の木が一本植えられている。満遍なく、紅葉に染めあげられていた。  風が、吹く。  平日は、公園に足を運ぶ者など殆ど居ない。  漆黒の棒の上の取って付けられたような丸時計が十一時を差し示していたが、今日は依然として誰もこの公園を訪れない。  そんな中、ふと、その公園を入り口から眺めている青年が居た。年は二十代中頃で、上着は黒のティーシャツ、下は破けたジーパンを履いている。  青年は暫くの間眺めていたが、やがて、入り口の膝ほどの高さだった柵を越え、おずおずと公園内に入ってきた。  真っ直ぐにベンチに向かって座り、背負っていたリュックサックを隣に下ろす。ポケットから煙草を取り出して吸い、何をするでもなく隣の銀杏の木を眺める。足元にも葉が散見し、男は真新しいスニーカーで何度か蹴り飛ばした。  その内に煙草も吸い終わり、男はリュックサックを枕代わりにして横になった。一度携帯へ目を通し、瞑った。するすると眠りが訪れた。規則正しい寝息が、すかさず胸と呼応した。   青年が起こされたのは、夫人の声によってだった。  夫人は、心配そうな顔で未だ目を開けぬ青年を凝視していたが、青年が目を開けると、途端にその表情を綻ばせた。  四十程の夫人である。頭には白い鍔付きの帽子を被り、上着は乳白色のブラウス、下は似たような色のスカートを履いていた。肩には、エナメル製のハンドバッグを掛けている。  夫人は、「ちょっと、横に座ってもいいかい?」と青年に訊ねた。  青年は首を上げ、他にベンチがある事と、そこには誰も座っていない事を視認する。  それから、「どうぞ」と言って起き上がり、リュックを取って膝へ置いた。 「ありがとうねえ」  夫人は会釈をし、青年の横に座る。バッグを、青年と同じように膝へ置いた。  青年が黙って漆黒の時計を見ていると、夫人はその横顔を一瞥し、呟くように話し出した。 「本当に、嫌な世界になったものねえ。これから日本はどうなっちゃうのかしら?」
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