一期一会

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やつれし翅をふるわせて 枯葉にすがる揚羽蝶 ああ輝ける太陽よ 緑の森の想い出よ 今は羽ばたくすべもなく つめたき死をば待つばかり 夜のしじまの忍び寄り かそけき羽音ふと止みぬ 虹の衣も花園も はかなく果てし夏の夢 枯葉の上に死せる蝶 白く照らせる秋の月 『蝶』という題の詩でした。 私は今聴いて書いたばかりの五線譜にその詩を書き込んで小声で歌ってみたんです。 何だかシューベルトの歌曲みたいにきれいな曲でしたわ」 何という偶然。 私は心臓が止まるかと思うほど驚いた。その時彼女の隣に座ったのは、ほかならぬ私だったからである。 シューベルトの歌曲みたいな、といわれるといささか面映いが、そのメロディーは文語体で七五調の古臭い形式の詩にはよく合っていて、私はそれなりに気に入っていたのである。 「『何科を受けるの』と訊かれたので『ピアノ科です』とお答えしたんです。 そしたら『君ならきっと素晴らしいピアニストになれるよ。頑張ってね』といって両手で私の右手を包むように握手して下さいました。 温かい手でした。 何だか亡くなった父が励ましてくれたような気がして涙がこぼれそうになりましたの」 「まあ。とてもいいお話ですね。それでその方とは?」 「それが、お名前も何も伺ってないんです。 この詩が唯一残っているだけで」 「じゃあ本当に一期一会だったんですね。この放送を見ていらっしゃればいいのにね」 「見てますよ!」 私は思わず声を出してしまった。
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