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「それで、お父様がとても音楽がお好きでいらっしゃったんですって?」
「ええ。父はクラシックが大好きで家にはピアノがあったんです。
『僕は医者でなかったら多分ピアニストになってただろうな』ってよくいってたくらいですから。
我流ですけど自分でも弾いていたんですよ。私に手ほどきをしてくれたのも父なんです」
「まあ、そうだったんですの」
「私が生まれたのは、ちょうどLPが出始めた頃でした。
まだステレオじゃなかったんですが、大きなコンソール型電蓄というのがあって、朝から晩までクラシックを聴かされました。モーツァルトの四十番のシンフォニーを聴くと機嫌よく寝たんですって」
「モーツァルトが子守唄だなんて、貴女らしいお話。モーツァルトには子守唄もありますのにシンフォニーだなんて、モーツァルトさんが聞いたらどんな顔をするでしょうね」
「こんな筈じゃなかった」
二人は声を立てて笑った。
「でも、モーツァルトの子守唄ってモーツアルトの作曲じゃあないんですよ。ご存知でした?」
「えっ、そうなんですか」
「ええ。本当はベルンハルト・フリースというお医者さんが作ったんです。奥さんがモーツァルトのお弟子さんだったんですって」
「へぇー、そうなの。それがどうして・・」
「そんなに深く追求しないでよ。私、モーツァルトの研究家じゃありませんもの」
谷沢響子は右手を顔の前で左右に振りながら困惑したような表情をして笑った。
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