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旅する少女
「ねぇ、おかあさん」
まだあどけなさの残る幼い私の声に、ベッドの上で横になっている母が黒く落ち込んだ眼を向けてくる。
部屋中の酸素を欲するかのような呼吸をしており、とてもじゃないが返事をできる状態ではなかったらしい。
しかし、まだ神様がいることを信じているような小さな私には、母がどうして返事をしてくれないのかが理解できなかった。
「ねぇ……、今日もおきないの? 今日もおやすみしてるの?」
脆く壊れそうな体を、子供の力が容赦なく揺らす。それが母を苦しめているとは、予想だにしなかった。
私はただ、甘えたかっただけ。
いつものように、頭を撫でて、頬にキスをして、髪を結って欲しかっただけ。
今、もしもあの頃に戻れるなら、もっと違うことを望んでいたに違いない。
「おかあさん、今日はね、わたしがね、おりょうり作ったんだよ?」
私は笑っていた。
何も知らずに笑っていた。
幸せだった。
私は、幸せだった。
「リィア……」
骸骨のような声で母が私の名前を呼んだ。
久しぶりに聞いた母の声は、以前の男にも勝る痛快で豪快なものとはまるで違っていたが、私は嬉しくて弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
そして、母は私に告げた。
誰よりも強かった女性が、誰よりも弱かった私に、最後の言葉を告げた。
「あなたは―――
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