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オレンジがかった、放課後の教室。
ブラバンの練習の音を遠くに聞きながら、彼は静かに口を開いた。
「それで、君はどうしたいの?」
いつ聞いても澄んでいる彼の声はまさに『天使様』のようで、全てを見透かされてる感がするわたしはちょっと苦手だ。
近くにあった机に腰掛け視線を落とせば、薄汚れた上履きに小さな埃を見つけて、ため息をつきたくなる。
何も言わないわたしを特に気にする風もなく(彼はいつもそう)、澄んだ声だけが2人しかいない教室に反響して消える。
「後悔しない?」
「……するわ」
後悔しないで生きてきたことなんてない。いつだって、今だって、後悔ばかりの人生だもの。
だけど
「仕方ないじゃない」
そう、仕方ないんだ。
世界には『カミサマ』がいて、皆『カミサマ』の作ったシナリオ通りに生きてるんだ。そうに違いない。
「わたしは、主人公になんてなれないのよ」
スーパーマンにも、サイコマンにも、何者にもなれない非力ないち女学生は、ただ世を儚むしか出来ないんだ。そうに決まってる。
「それでも、君の人生では君が“主人公”なんだよ?」
視線を上げないその先で、彼はきっと困ったように笑ってるんだろう。
分かっていても、分かっているから、わたしは視線を上げない。
ため息を1つつき、空気が動いた。
「また明日ね、美夏(ミカ)さん」
彼が囁くように言って、遅れてドアの開閉する音が響く。
「……また明日ね、アキラくん」
返した言葉は、誰に届く訳でもなくシンとした教室を漂って消えた。
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