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パニックになるかと思ったが。
意外にも皆、戸惑ってはいるが冷静だった。
もう窮地は脱しているという事実のお陰で、心の軸はぶれずに済んでいるようだった。
僕は単純に、刺激しないような言葉遣いで状況を説明し、自分は携帯電話を持っていないので救急と警察に連絡するよう頼むだけで良かった。
けど。
ある一人の女の人が、見るからに焦燥して辺りを探していた。
「どうしたんですか?」
と僕が尋ねると。
「娘が、私の娘がいないんです。
知りませんか!?」
と肩を掴まれて血走った目で見つめられた。
そう言えば。
このヒトは確か、バス停で見かけた親娘連れのお母さんだ。
死者の中に女の子はいなかった。
僕の顔から血の気が引いた。
その時。
燃え盛る炎の音に紛れて、子供の泣き声が聞こえた。
お母さんが血相を変えて燃え盛るバスに駆け寄ろうとするが。
そのお母さん自体、足に酷い怪我をしていたので僕が代わりに行った。
…………泣き声を頼りに探すと、変形した座席の陰に女の子が確かにいた。
急ごう、と女の子に手を伸ばすが、座席が変形していて出れない。
文字通りの火事場の馬鹿力で、数分格闘した上に何とか女の子を引っ張り出すと。
もうドアには完全に火が回っていた。
止むをえず、横転したバスの中、座席をよじ登って窓を蹴破り外の乗客に女の子を手渡したが。
ホッと気が緩んだ一瞬で。
バスは爆発し、背中に瞬時に灼熱が降り注ぎ僕の意識は断線した。
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