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 俺は夜明けと共に街を出た。案内はあの元騎士らしい男だ。どうやら四半日も歩けば竜のねぐらに着くらしい。  森には薄く靄がかかっていた。空気は冷たく、衣服の隙間から入り込んで肌を刺していく。一歩毎、湿った腐葉土に足が沈み込む。  その中を、俺は男を追い立てるように進んだ。件の竜が王の孫をさらってから、既に二日経っている。あわよくばそこに竜がいようが、そればかり期待するわけにもいかぬ。早くせねば、残された痕跡も消えてしまおう。  だが、焦る気持ちとは裏腹に、男の足は遅々として進まない。どうやら足を痛めているらしい。一歩の踏み込みには耐えられても、歩き続けることには苦労するようだ。  朝焼けが終わった頃、俺は業を煮やして男を背負うことにした。鎧を着込んだ身体は軽くはないが、それでもこの方が速い。  足がより一層深く、腐葉土に沈み込む。  しばらく歩き続けると、洞窟が巨大な口を開いていた。 「ここです」 「分かった」  俺は男を下ろして松明を取り出した。僅かばかり湿っているが、火は点くだろう。 「お一人で?」  男は得物の槍を手に、そう聞いてくる。 「竜との戦いに、動きの鈍い重装兵が一人いたとて何になる。奴らの爪は鎧ごと胴を引き裂けるし、牙は兜ごと頭を食い潰せる。盾にもならん」  俺は男の胸を押した。不意を突かれた男は、そのまま無様に尻餅をついた。  これでは駄目なのだ。竜との戦いにおいて、油断と鈍重はそのまま死を意味する。この男を連れていくだけ、弔う手間が増えるだけだ。  俺は洞窟に下りていった。  流石は竜のねぐらと言ったところか。広く、深く、冷たく、暗い。松明に灯った火だけが、僅かな暖かさと明かりをもたらしてくれる。  一歩進む毎、微かな足音が耳を打つ。水を踏む音が反響する。その度々に、自分が一人きりであることを否応無く再確認する。  それは、いつの間にか忘れてしまった感覚。懐かしき原風景。俺の中にいつまでも燻っているのだろう。  一体いつから、俺は一人で歩かなくなったのだろう。  一体いつから、俺は一人で歩くことが恐ろしくなったのだろう。 「俺は、弱くなったのか?」  誰にともなく、俺は問うていた。
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