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「異なことを。貴様の力の源泉は純血にこそあるのだぞ? 遥か古、森羅がその身を未だ定め置かぬ頃には、あらゆる交わりがあったものだ」
「馬鹿な! 虫と獣が、魚と鳥が交わったとでも言うのか!」
「然様。そして多くはその力を失い、消えていった。ヒトこそが例外なのだ。竜と交わり、獣と交わり、本来の力を失ってなお勢力を増すのだからな……いや、だからこそ、その赤子が産まれたのやも知れぬ」
どこか感慨深げに、竜は唸る。
俺はそれどころではない。気圧されぬより叫びながら、方策を探る。
赤子は既に手に入れたのだ。後は生きて帰ればそれでいい。赤子を抱えながら勝てる相手ではないのだから、逃げるしかないのだが。
暫時経ち、竜は口を開いた。
「真なる人よ。その赤子、一時貴様に預けるとしよう。真なる人たる上に毒竜ファフニールを殺してその血肉を喰らい、挙句に炎の魔女と共に在らんとする貴様の手にあれば、よもやその赤子が再びヒトの内に入らんとすることもあるまい」
そして、竜は翻って立ち去ろうとする。
そのまま俺も立ち去れば良いものを、知るはずの無いことを口走っていたからだろう、気付けば竜を呼び止めていた。
「待て! 何故貴様がブリュンヒルドのことを知っている?」
彼女が生きていることを知っている存在は、そう多くない。人目には勿論、竜の目にも止まらぬよう行動してきたのだから。
竜は首だけこちらに向けて答えた。
「知っている。鳥も獣も、無論、竜もな。知らぬは貴様とヒトのみよ」
答えになっていない。だが、明らかに竜は俺を嘲っていた。
俺は言葉を失い、竜は再び歩を進めた。
しかしその時、森の静謐を破り、雷音のような怒声が鳴り響いた。
「竜よ! 約束が違うぞ! 竜は約束を違えぬのではなかったのか?」
その声の主は、俺の真後ろにいた。丁度、俺を挟んで竜とは真逆の方向にいることになる。
あの騎士らしき男だった。
「案内さえすればその裏切り者の命を断つと言ったのは貴方だったはず!」
竜は一笑に付す。
「約束だと? 小さきヒトよ。主を失った死に損ないの騎士と約束など交わすものか。加えて、貴様も武士の端くれならば、他者を頼む復讐など恥を知るがいい」
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