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「おのれ!」  男は、恐らくは有らん限りの怒声を、張り上げた。兜に隠れた面は、怒りで赤く染め上げられていることだろう。  俺は剣を拾い、鞘に収めた。 「謀ったか」 「ああ謀ったとも、裏切り者め! 貴様が道連れにしている女は、我が祖国を――ヒトの国を焼いたのだ! ああそうだとも、貴様は裏切り者だ!」  俺は笑いを噛み殺すのに必死だった。  男は喉を潰さんばかりに声を張り上げていたが、それはそれは滑稽だったのだ。男は何も知らないらしい。 「そうか。お前は俺がヒトを裏切ったと言うか」 「そうだ! 裏切り者め!」 「ぬかせ。俺がヒトを裏切っただと? 無知を曝すのもいい加減にしろ。我々紅の民がお前達にどのような仕打ちを受けたか、紅の民がどのようにして血を繋いできたか、そして紅の民は最早この俺一人しか残っておらぬことを、貴様は知らぬのだろう。  俺がヒトを裏切っただと? この俺がいつヒトに与したというのだ。何故俺がお前達に与せねばならぬのだ。さあ、答えてみろ!」  気付くと、俺は男の首を持って男の身体を浮かせていた。何やら激しく暴れているが、全く無駄なことだ。竜と打ち合う腕力に敵うと思っているのか。  俺は男の首を木の幹に押し付けた。 「このままお前をくびり殺すのは簡単だ。無論、俺にそれを躊躇う理由など砂粒程も在りはしない。だが、お前が騎士であったというならば、良いだろう、決闘の上での名誉ある死をくれてやる」  腕の力を抜くと、男の身体は力無く木の根元にへたり込んだ。兜の奥から、喘ぐような息遣いが聞こえる。 「さあ、槍を持て。剣を抜け。兜を脱いでその面を晒せ。決闘だ」  男が立ち上がるまでには些かの時間を要したが、それでも男は立ち上がった。そして、背にしていた槍を手にし、兜を脱ぎ捨てた。  男の顔は崩れていた。焼け爛れ、ひきつり、所々腐りかけているようだった。灼熱のムスペルヘイムに立ち入ったとて、或いは炎の巨人スルトの抱擁を受けたとて、こうはなるまい。特に何を感じるわけでもないが、目線を逸らすには十分に醜悪だった。  その俺の振る舞いをどう取り違えたのか、男は勝ち誇ったような声を上げた。 「見るがいい、裏切り者よ! これが魔女ブリュンヒルドの犯した業よ。奴は幾千幾万のヒトを焼き殺し、家と財産を灰にしたのだ。その罪、万死に価する! 何故お前はそれを生かしておくのだ!」
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