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 男は大仰な身振りで話していた。まるで道化か、さもなくば煽動政治家だ。さして実の無いことをさも重大なように見せかけている。  俺は剣を抜いた。 「お前達がいくら死のうと、財産を失おうと、それが俺に何の関係がある? お前達はもう十分に俺から奪ったのだ。同情など期待するな」  声を荒げる気にすらなれなかった。  こいつらは、そうだ、自分に都合の良いことしか覚えていないのだ。都合の良いことしか見聞き出来ぬのだ。  自分達が何をしたかなど、覚えてはいないのだ。 「さあ、戯れ言は終いだ」  正眼に構え、切っ先を相手に向ける。左手に抱えた赤子が邪魔だが、構いはしない。どうせ、一対一の切り合いだ。相手が単なるヒトでは、俺の足下にも及ばない。 「……侮るな」  それから二拍と少し。全くの不意に、槍の穂先が閃いた。  確かに、速い。重そうな鎧と、恐らく全身が酷く焼け爛れているだろうことから想像出来るよりは、数段速い。  だが、他ならぬこの俺に対して、それをもって先手必勝とするには余りに鈍く、そして遠かった。  外衣に隠された鎧を予見したのだろう、真っ直ぐに顔を狙った穂先を、俺は耳に風圧が感じられる程の間合いでかわし、剣を男の胴に突き立てた。  剣は易々鎧を貫き、そして、男の胴を穿った。  これこそがこの剣、グラムの切れ味。先の竜の手はまともに切り裂くことが出来なかったが、本来この剣は、鉄であろうと石であろうと容易に貫き、あるいは切り裂くのだ。  そして、相対する速度を変えぬまま、男の胴を抉り、衝突する。互いの肺から息が押し出され、一瞬の力の拮抗がもたらされる。  俺が押し勝ち、男の身体が一瞬宙に浮いた。  その機に、俺は身体を反転させ、背負うように剣を切り上げ、男の身体を縦に切り裂いた。  噴き出た血潮を浴びながら二歩、前に出る。  男の身体が倒れる音が聞こえた。俺は外衣で剣にまとわりついた血と、肉と臓腑の欠片を拭おうとした。  そこで、赤子を抱えていることを思い出した。赤子は、一部に血を浴びて、しかし泣くわけでもなく、じっと俺を見つめていた。左の人間の眼と、そして右の、縦長の瞳を持った、緑の竜の眼で。  刹那の間に、俺は悟った。この赤子はヒトの間に在ることは出来ない。ヒトにこの赤子を受け入れる度量は無い。この異形だけでも、忌まれるには十分過ぎる。
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