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「おはよう」  目を覚ましたブリュンヒルドに、俺はそう声をかけた。 「おはよう」  少し眠そうな声で、彼女はそう返した。  死体は既に葬ってある。彼女は何があったのか知っているだろうが、だからと言って放置しておくのも不精だろう。敵とは言え、死者に対する礼でもある。  夜魔の王族である彼女にとって、眠りは、俺達の眠りとはまた違うものであるらしい。或いは、俺達が眠りの本当の姿を知らないのだという。  いずれにせよ、俺に彼女の夢を見ることは出来ない。 「今日はノーアトゥーンに着くかしら?」 「多分、な」  ノーアトゥーンは森の都だ。大樹海の中程にあって、宿場町として発展した。今では、乱世の残した傷跡もさることながら、森に住み着いた魔物に苦しめられていると聞く。  そんな場所だからこそ、多少素性の知れぬ者でも受け入れるというし、それ故治安も悪くなっているらしい。俺達のような日陰者が目指すには都合がいい。  俺の準備が終わるころには、彼女も既に準備を終えていた。  彼女は全身を包帯で隠して、その上から長旅で薄汚れた長衣をまとっていた。姿を隠すためだ。  彼女の容姿は、良くも悪くも人目を引く。白い肌に黒い髪、黒い瞳と言えば、それは魔女ブリュンヒルドの代名詞とも言えるし、そうでなくとも、彼女の容姿は、治安の悪い街で人目に晒させることを躊躇う程には、十分に美しい。 「行こうか」 「ええ」  彼女は包帯の隙間からそう答えて、俺に寄りかかるようにして歩き始めた。別に彼女自身、足が悪いわけでも何でもないのだが、全身の包帯の理由として、全身の皮膚が焼け爛れていることにしているので、元気に行動してもらうわけにもいかないのだ。  幸か不幸か、彼女が装っているような境遇の人々は少なくない。彼女が灼き払った国の生き残りが、それにあたる。  彼らは、彼女のことを憎んでいるだろう。それとも、今の状況を知れば呆れるだろうか。人を殺し、生かし、そしてその中で生きることを選んだ彼女のことを。 「どうしたの?」  息のかかる程の近くから声が聞こえ、顔をそちらに向けると、黄ばんだ包帯の合間から黒い瞳がこちらを覗いていた。  そこにはかつてのような猛々しさは、もう垣間見ることも出来ない。かつて俺が求めていたものは、失われてしまったようだ。  それでも俺が彼女と共にあるのは――いや、やめよう。 「なんでもないさ」
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