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俺が案内されたのは、街の中でも一、二を争うであろう大きな宿だった。ただ、趣味が良いとは言えない。絢爛豪華も度が過ぎればただの阿呆だ。
ノーアトゥーンは大樹海を抜ける道の交差点だ。大樹海を抜けようとすれば、必ず通らなければならない。だからこそ、こんな貴族しか使わないような宿がある。
そこに王がいる。なるほど、物見遊山などというものではないのかもしれない。
「謁見です」
俺は宿で一番上等な部屋に通された。確かに、金はかかっている。絵画に装飾、調度、そのどれもが庶民は目にすることも無いような一級品だが、いかんせん配置に知性が感じられない。
部屋の中にいた近衛に案内され、俺は寝室に通された。天蓋付きの寝台は薄い幕で覆われているが、中に誰かいるらしいことが見てとれる。
寝台の周囲には先の者を含め、四人の近衛がいた。佇まいから俺を案内してきた近衛よりは腕の立つ剣士だと分かるが、それでも高が知れる。落ちたものだ。
「来おったか」
寝台から老人の声が聞こえてきた。まだ王位はこいつにあるらしい。
「何用か」
俺の口調に反応して、近衛達が一斉に剣を抜いた。こういうところはよく訓練されているらしい。
「これ、やめんか。儂の招いた客人じゃぞ」
半ば強制に連れてきておいて何が客人だ。
だが、近衛達は剣を引いた。王の言葉は絶対というわけか。
「もう一度聞く。何用か? まさか昔話のために呼びつけたわけでもあるまい」
性懲りも無く剣を抜こうとした近衛がいた。
俺はそいつの喉元に剣を突き付けた。近衛の剣はまだ鞘から抜けきっていない。
俺は剣を鞘に納めた。
近衛達は一瞬、驚いたような顔をした。
「相変わらずじゃのう、シグルズ」
再び、近衛達の驚いたような顔。どうやら、俺の顔は知られていなかったらしい。
「近衛達よ、教えてやろう。この者こそが“竜殺し”のシグルズ。世界を彼の者共より救った英雄じゃ」
いらんことを良く喋る爺だ。いい加減、近衛達の反応にも飽きた。
俺は、苛立ちを隠さずに言った。
「用は何だ? 俺とて暇ではない。さっさと本題に移ってもらおう」
「そうじゃのう」
王は全く堪えていない様子で言った。
「実は、お主に頼みたいことがあるのじゃ。お主にしか頼めんことがのう」
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