10人が本棚に入れています
本棚に追加
「断る」
俺は踵を返した。
内容が何であれ、今の俺に関わる必要は無いだろう。早く買い出しを終えて部屋に戻った方が、余程有意義だ。
だが、案の定、近衛が俺の前に立ちはだかった。これだから王候貴族の類いは好きになれない。
「儂の孫娘、アグネを助け出して欲しいのじゃよ」
聞いて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「わざわざ俺など使わなくとも、ご自慢の兵を使えばいいだろう。今のように、な」
「そうできれば良かったのじゃがな」
心なし、王の声は疲れを感じさせた。
俺は少しばかり興味を引かれた。この王は、曲がりなりにもミッドラントに覇を唱えんとする国の主だ。その権勢を持ってしても八方手が打てぬとでも言うのか。
「竜に襲われたのじゃ。息子夫婦は殺され、アグネは奪われ、手勢も殆ど失ってしもうた」
まるで自らを嘲るかのような口調だ。
「自業自得だ。強欲な王め」
大方竜の版図に手を出したのだろう。
竜というものは一般に思われているよりも強力で、しかしそれ以上に穏やかな生き物だ。誰かを襲うとすれば、それはそいつが何かしらの禁忌に触れたか、或いは俺のように竜を殺したことがあるそのどちらかだ。「それは違うぞ、“竜殺し”。儂は竜の土地には手を出さんと生涯誓ったのじゃ。断じて、違う」
王はそう言い切った。だったら何故竜に襲われたのか。
もっとも、俺には関係の無いことだが。
「まあ、いい。俺は引き受けん。さあ、近衛を下がらせろ」
「そうもいかん。儂とて孫が可愛い。お主には働いてもらうぞ」
聞く気無しか。ならば強行策しかあるまい。
俺は剣に手をやった。
その時だ。
「待て!」
王の声だ。今までに無く鋭い。流石は一国を治める者といったところか。
「お主の連れの身は預かっておる。アグネの身と交換じゃ」
「貴様!」
剣を抜き、王に突き付けた。切っ先は薄い幕を突き抜けている。
久々に血がたぎっている。このまま突き刺してしまいそうだ。
近衛達も剣を抜いたが、どうせ何も出来まい。
「自分が何をやっているのか、分かっているのだろうな?」
「分かっておる。儂が死ねばあの娘の命も無いぞ」
「……下衆め。覚えておけ。もし彼女の身に何かあれば、“竜殺し”の名にかけて、一族朗党人の体を成さぬ程に切り刻んでくれる」
俺は剣を納め、腹いせに近衛の一人を突き飛ばして、部屋から出ていった。
最初のコメントを投稿しよう!