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 俺はノーアトゥーンを歩き回った。当てがあるわけじゃない。ただ、何もしないよりはましに思えた。  部屋に彼女の姿は無かった。宿の主人は、既に金は十分に受け取ったと、俺を追い出した。  迂闊だったのだ。あの三下の連中に付けられて気付かなかったとは。まさか王がいるとは思わなかったが、それにしても迂闊だった。相手は分からずとも、彼女が狙われていることだけは確かだったというのに。  不意に、槍の穂先が真横から突き出された。俺はすんでのところでそれを避けた。前髪が数本、切られて宙を舞っている。  俺は不埒者の方に向きかえり、剣を抜いた。  しかし、不埒者は既に槍を手放していた。掌をこちらに向け、両腕をゆるく上げている。降伏の証だ。  槍の落ちる音がした。俺は剣を納めた。  不埒者は片膝を着き、跪いた。 「突然の無礼、御許し願います。実は、貴方様の剣を見込んで頼みがあるのでございます」  低く、深みのある渋い声だ。鎧兜で中は見えないが、四十路は越えているだろう。先の槍さばきと言い、戦乱で主を失った騎士なのかも知れない。  これ以上厄介事が増えるのは難だが、あの槍さばきに免じて話だけは聞くとしようか。 「話を聞く。着いてきてくれ」  俺は元騎士らしい男を路地裏へと導いた。聞き耳を立てる奴もいないだろうが、念のためだ。 「して、頼みとは?」  元騎士らしい男は再び跪いた。 「仇討ちでございます。先日、戦闘で私めの相方が人の赤子を連れた竜に殺されました。その竜を倒して頂きたいのです」  思わず頬が緩みそうになった。渡りに船とはこのことだ。話が出来過ぎの感が無いでは無いが、乗らない手は無い。 「その竜の居場所は分かるのか?」 「私めに出来ることは、後を追うことぐらいでございました故」  俺は一瞬、考えたふりをして間を置いた。 「いいだろう」  元騎士らしい男は一度顔を上げ、再び下ろした。 「ありがとうございます」 「時に、何故俺を選んだ?」  一瞬の間の後、答えがあった。 「旅の途中、“竜殺し”に良く似た凄腕の戦士がいると聞きました。貴方様の赤い肌と黒い髪と瞳は、話に聞く“竜殺し”の風貌に瓜二つでしたので、もしやと」 「なるほどな」  やはり、名とは知らぬ間に一人歩きするものらしい。
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