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いつもよりも、今朝は暑い。世界はそろそろぶっ壊れるんだろう。ぶっ壊した自分の上で生きている全てのモノを道連れに。早く壊れてしまえばいいのに、なんて暫くはなさそうな妄想に笑みを浮かべて溜め息をついた。
記憶なんてものは曖昧なものであると僕は思う。そんなものを亡くして必死になって取り戻したがる人達が滑稽に見えた。
だったら、ねえ。誰か僕の名前を覚えている?もう随分と呼ばれなくなったこの名前を、誰か覚えているのですか?そら、出てこない。僕の名前は所詮番号でしかないんだよ。
最近未知の病が流行っているらしい。自分のことが全て解らなくなる病気。
アルツハイマーだとかそんなもんじゃない。その病気になったひとはどうやって物を食べていたのか、どうやって物を見ていたのか、どうやって呼吸していたのか、どうやって心臓を動かしていたのか。そんなことまで忘れてしまうらしい。脳味噌がいかれてしまう訳でもないのに。
まさに壊しにきてんじゃないのかなあと僕は思った。
世界の復讐なんだよ、と僕は思った。
ひとの間で流行っているものなんて僕には関係ないけどね。
「デルタ。出ろ」
両腕に嵌められた枷が外されたようだった。腕が軽い。
「桟橋の向こう」
「行け」
言われなくても行きますよ、と僕が言えば僕のお父さんであろう人が僕の背を強く押す。乱暴なんだよ、お父さんは。お父さんたちは。
「使えるのかよ、アレ」
「無駄口叩くな。アレには感情があるらしい」
聞こえてんだよ、ばーか。
心の中で悪態をついた瞬間に、僕の意識は途絶えた。そこからの記憶がないんだ。
ここでやっと僕は理解した。記憶は酷く曖昧なものだけど、僕にはそれしかなかったってことを。
多分、それしかないからみんな必死になるんだと。
「や、やめてく、れ、しにた、くな」
曖昧なものしか持たない僕は記憶が一番大切だったのかもしれないね。
「まっかっか」
ああもう。あたらしいふくがほしいや。
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