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「って!こんな処で死んでたまるかぁあああああッ!!」
やはりこの男、ただでは死なない。
武田信玄(38)は、渾身のツッコミを入れながら跳ね起きた。
しっかりと衣服を着用し、おっきもしていない。
アレは、夢だったのだろうか?
「お目覚めになりましたか?
猪豚の君?」
明らかに怒っている。
確かに、いきなり『まぐわい』は早計だった。
「あ…面目無い。
つい、気が焦りまして……」
「…許します。
今回は」
思った程、怒った様子は無い。
しかし、ここからどう口説いたものか…。
いや、ここまで来たら小細工抜きだ。
まだるっこしい時間も、会えない時間も、触れられない時間も楽しもう。
「今回は、本当に申し訳ない。
自分勝手な願いだが…どうだろうか?
わしは貴女に惚れた。
またここで、逢ってくれないか?」
無茶な願いだ。
それは分かってる。
分かってるが、年甲斐も無く惚れた。
心底惚れた!
とにかく惚れた!
この恋の為なら、天下すら捧げよう!
信玄はしっかりと謙信に向き直り、真っ正面から真っ正直に、その瞳を見詰めた。
妻を失って15年。
1人の女を真っ向から、久しぶりに口説いていた。
「頼む!」
「では…ここで私に逢った事は御内密に。
それならば、もう一度、私は此方に参りましょう」
この武将は、性急な男だ。
しかし、謙信はこの真っ直ぐな物言いが嫌いではない。
ならば、会うくらい良いではないだろうか?
お互い、本名を名乗っては居ない。
素性は知れないが、しかし、場所が場所だけに、それで構わないと思った。
謙信25歳。
遅い春の到来であった。
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