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「僕の命令が聞けないのか?
立て無能」
「イエス、マイロード」
素早い。そして、何と言う回復の早さか。
血を拭き取りながら立ち上がった男の目玉は、傷一つ付いていない、深い闇色のままだった。
「今日のスケジュールを」
「御意。
本日、真田幸村様と朝食の後、御同席のもと豊臣秀吉様と会談。
会談終了後に、当家にて昼食を取って頂き、午後からは城下町観光となっております」
「おまえ…秀吉様を呼びつけたな?」
額に怒りマークを浮かべながら、憮然とした表情で従者を睨み付ける。
しかし、当の小十郎は何処吹く風。
「呼びつけたなどと、滅相も御座いません。
私はただ、バナナを吊るしただけに御座います。
猿が、見えやすい場所に…」
口では笑っているが、目が笑っていない。
これが、この従者の本質か?
これだからこそ、覇王の側近なのか。
従者の意を感じ取り、主人も微笑う。
凍てつく様な、満面の笑顔で。
「なるほどな……
無能、今回は許してやろう。
結果を見せろよ?」
「御意」
深々と頭を垂れる従者の横で着替えを終え、『見えざる右目』に刀の鍔で造った眼帯を装着した政宗は、颯爽とした足取りで自室を出た。
後ろには従者『片倉小十郎』。
政宗が幼少の砌から仕える兄代わりであり、目標だったはずの侍。
消息不明だった政宗を連れ帰ったまでは良かったが、余程の激戦があったのか、はたまた主君を守れなかったショックからか、小十郎の性格は180度変わってしまっていた。
竹を割った様なさっぱりとした性格が、西洋貴族風の優男の様に。
それに伴って、服装の趣味が変わった。
袴から燕尾服に。
外見が同じで、中身は全くの別物に入れ替わった様な……。
だが、優秀である事とその忠誠心が変わらなかったので、誰もそれを深く追求しようとは思わなかった。
そして、政宗がたまに、哀しげな表情で小十郎の背中を見詰めている事も、誰も、知らない。
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