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男はそのままカウンターの中に入り、さっきまで可愛い顔をした店員のいたところに立って、一葉を呆れた目で見た。
「KUONに会いに。」
一葉の返事に、KUONと呼ばれた男は呆れたように笑ってため息をつく。
「ここ、確か女の出入り禁止なはずだけど。」
「知らないよ。入れてくれるし。」
この店はバー・ロゼヲモンドという。
一見すると普通のバーで、外観も内装もお洒落で落ち着いた雰囲気の店だった。
しかし、バー・ロゼヲモンドは知る人ぞ知るゲイの集まる店、つまりゲイバーなのだ。
KUONはこの店の雇われママをしている。
もちろん、この店の店員は皆、ゲイである。
そんな店に唯一、正真正銘の女が常連として通っていた。
それが一葉だった。
一葉は小説家である。
彼女がロゼヲモンドに来たきっかけも最初は小説の取材であった。
担当者に連れられて来た一葉は、何度か取材を口実に通ううち、顔パスで入店するようになった。
「だいたい酒飲むならいいけどさぁ、アンタまたジュースでしょ?」
KUONが一葉の持っているグラスを指差して言った。
「当たり前。」
アルコールをほとんど口にしない一葉が、笑ってグラスの中の氷を鳴らした。
それを見て、どうしようもないというように首を傾げると、KUONは自分の背中側にズラリと並んだボトルの中から1本のボトルを取り出し、氷を入れたグラスに注いだ。
ボトルには「S・T」のイニシャルのプレートがかけられている。
景気良くグラスの中の液体を飲み干すと、またボトルからグラスへと酒を注ぐ。
その姿を一葉は感心したように見ていた。
「遠慮とかないの?」
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