第1章

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「今、新しいの書いてんでしょ?それはどんななの?」 「さぁね。」 一葉は無言で空になったグラスをKUONに差し出した。 黙って受け取ったKUONは、新しい氷とジュースを入れて一葉に返す。 作家という職業柄、一葉はほとんど引きこもり生活だった。 いや。職業柄と言うよりも、一葉は小説を書くことが趣味であった。 常に途切れなく作品を書き、時々こうして気分転換をしに外に出る。 外に出るときは、よっぽど書くことに疲れたときだった。 この日も例外ではない。 だから小説の話はしたくないのだろう。 KUONもそれを察して、それ以上、小説の話はやめた。 「で、今日で何日目なの?」 話の脈略なく、KUONが聞く。 呆れた目で一葉を見ている。 「四日目。」 一葉が笑顔で答えると、KUONは大袈裟に呆れた表情を作ってため息をついた。 「閉店までいるの?」 「さぁ。KUON次第。」 「世話の焼ける女!」 そんないつもの会話をしている間に、店内には五人ほどの客がボックス席を埋めていた。 若い店員が忙しく酒を運び、つまみを運ぶ。 KUONはそれを目で確認しながら一葉の前で酒を呑んでいた。 一葉が知る限り、KUONは自分から動くということがない。 常にカウンターの中に立ち、何か気づくと店員に指示をする。 必要がない限りはカウンターの中から出ない。 時刻は二十三時。 一葉が来店してから二時間が経っていた。 何をするでもなく、ただくだらない話をしているとまたドアが開いて客が一人入ってきた。 KUONがいらっしゃいと声をかける。 その感じからして、常連なのだろうと察しが付いた。
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