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シャワーを浴びると、ベッドには向かわずにパソコンの前に座った。
あくび一つ出ない。
一葉の体は一切の休息を拒絶しているようだった。
傍らにホットミルクを置いて、文字の羅列と向き合う。
毎日書き足していく文章を読み返し、誤字脱字を訂正する。
読み心地の悪い文章を書き直して、また読み返す。
何度も繰り返す作業でも、一向に眠気は訪れない。
そのうちに新しいページを書き進め、一葉は小説の世界に没頭していった。
今書き進めているのは、恐ろしいほどの純愛ものだった。
甘くて切ない、そんな言葉がピッタリの恋愛小説である。
早い段階で、マグカップのホットミルクは空になっていた。
だが、一葉は気づく様子を見せない。
完全に小説の中に入り込んでいるらしい。
椅子から立たないどころか、画面から目を離すことさえしないまま朝を迎えていた。
静まり返る部屋の中に、キーボードを打つ音だけが心地よく響いている。
そんな世俗から切り離されたような空間に、現実的な音が無機質に鳴ったのは、朝の九時を三十分も過ぎようとしている頃だった。
ピンポーン---。
突然の音に、一葉の体は小さく跳ねた。
それだけ集中していたのだ。
重い体を引きずるように玄関に向かう。
ドアの向こうの人間を確認すると、一葉は面倒くさそうに頭を掻いて鍵を開けた。
ガチャっと、あからさまに鍵の開く音がすると、外からドアが開けられる。
「おはよう!」
柔らかな笑顔を見せながら、修が部屋に上がってきた。
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