186人が本棚に入れています
本棚に追加
「ただいま。」
草鞋を脱ぎ捨て、部屋へ向かおうと廊下を歩く。
「おぅ、やんちゃ坊主。やっと帰ってきたか。」
奥から現れたのは佐藤彦五郎、土方の義兄だ。盲目ながらも見えるかのようにしっかり歩いている。
近藤の家、多摩からは隣と言えど日野に着くまでには夜になってしまった。
「また近藤さんの所に行ってきたのか?」
「あぁ。」
「またお礼しに行かにゃならんな。…とその前に一つ朗報だ。」
ニヤリと笑う彦五郎に土方は不思議そうな顔をする。
「奉公先にいた女子、ご懐妊だそうだ。」
「あ"…。」
ずるずると後退りする。
その目の前に見えるのは義兄の凄まじい…いや、本物の般若が見えた。
「わ、わりぃとは思ってるぜ…?でも俺だって若いんだって!手ぇ出したくなる気持ちも分かるだろ!?」
明らかに開き直ったような態度。彦五郎の顔は一層凄みを増す。
さすが道場開いているだけはある。
「だからといってやって良い事と悪い事があるだろ!!そんなの区別できねぇ歳じゃねぇだろ!?赤ん坊かてめぇは!!」
まくしたてられるように怒鳴られ肩をすくめる。
「明日謝りに行けよ、絶対な。…それから当然だが、奉公先からもう来なくていいそうだ。」
そう言って踵を返し、奥の部屋に戻っていった。
今日は散々な日だ。
(あのクソガキには負けるし、かっちゃんには怒られるし、兄貴からは怒鳴られるし…。)
苛々を消すように頭をガシガシと掻きむしる。そして一つため息をついて部屋に戻った。
.
最初のコメントを投稿しよう!