《葡萄の下の平穏》

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「ん~。でも水の糸じゃ~。 絡まんない代わりに結ぶのも無理って思いません? それに中学の頃、この名前で結構イヂメられたんですよぉ。」 「そうなの?」 七森が手を止めて、小首をかしげて水緒を見つめる。 彼女の仕草は、何故かしら仔犬を思い起こさせる。 それもとびっきり元気でなつっこい牧羊犬だ。 「鼻水お!・・・とか言われて。」 「ぷっ!」 仔犬が噴き出した。 「そいつ、ナイスセンス!」 「ナイスじゃありませんよぉ。 小学生以下ですぅ!そんな悪口。」 親指を突き立てている七森に、水緒は不満そうに口を尖らせている。 「あははっ・・・。ゴメンゴメン。 そう言えばさぁ・・・。」 「はい?」 「先生の下の名前って何だっけ?」 「・・・ι」 今度は水緒が七森を見つめた。 はしたなくも、口をあんぐり開けたまま。 常連客の姓名に、予約の入った日時、店で取り扱っている商品名などなどなど・・・。 七森の記憶力の抜群さはVitisのスタッフならば誰もが認めるところだ。 彼女が、駿介の名前くらい覚えていない訳が無い。 下がった目じりと緩んだ口元が、彼女の質問の意図を明確に語っていた。 「私に彼の名前を呼ばせて、反応を楽しもうとしてるでしょ?」 「ば~れ~た~か~。」 そう言ってキャラキャラと音楽みたいな笑い声を立てる。 「楽しそーねー。お茶ま~だ?」 突然流しに通じるドアが開き、秋田が顔を出した。 「わっ!たっ、たっ。」 再び動揺する水緒。 「はいはい~。もう行きま~す。 すいませんねぇ、鼻ちゃんがお茶こぼしちゃったもんで。」 一方、七森は落ち着いたものである。 水緒は感心しながらその様子を見ている。 「・・・って、誰が鼻ちゃんですかっ!」 一瞬遅れて、突っ込みを入れた。image=363744982.jpg
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