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まだ少し生温い、柔らかな風が遊ぶ秋の夜。
空は雲に覆われ、丸い筈の月は、喪服とベールをその身にまとって、闇の向こうで息を潜めている。
そんな大都会東京の片隅で、黒猫が一匹、満月のみたいな目で空を振り仰ぎ、神の御国を目指す灰色の塔のような、一棟のマンションを見つめていた。
その塔の、今まで微かに吐息が聞こえるだけだった一室で、不意にLEDスタンドの明かりが点され、横たわる、若く伸びやかな女性の肌を、蒼白く染め上げる。
読書用なのだろうか、豆粒みたいな大きさのくせに煌々と輝き過ぎるその光は、ベッドサイドの照明としては、どうも色気には欠けるようだ。
「あんっ。」
彼女は小さく声を上げると、素早く右手を伸ばしてスタンドのスイッチに軽く触れ、部屋をまた、闇の中へと引き戻した。
「点けちゃダメって、いつも言ってるでしょ。」
怒っていると言うよりは、小さい子どもの悪戯でもたしなめているような口調で誰かに話しかける。
すると悪戯っぽい男の声が、指先に摘んだ小さな四角い包みをパチンと弾いて聞かせながら、それに答えた。
「点けなきゃ着けにくいんだけど。」
『もう・・・』とか何とか、甘い囁き声とともに、闇の中で、女の気配が男にしな垂れかかる。
「傷を見られたくないの。」
「僕が手術した傷だけどね。」
「そ・れ・で・も。
それが女心ってモノですよ。彩倉・せ・ん・せ。」
「先生は止めてくれってば~
萎える~」
「あはは♪
だって名前で呼ぶの恥ずかしいんだもん。」
彼女は明るく笑いながら、男に覆い被さった。
「名前で呼ばないんなら、ずっと患者扱いしますからね。穂乃木さん。」
「は~い。
しゅん・・・すけ・・・さん。」
彼女は恥ずかしそうに、男の名前を呼んだ。
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