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女の名は、穂乃木 水緒(ほのぎ
みずお)。23歳。美容師を目指し、今はアシスタントとして働いている。
腰近くまで伸ばした黒髪と深緑色の瞳が印象的で、一見白人に見える容貌だが、それは彼女がアイルランド人の母をもつハーフであるためだ。
男の方は、彩倉 駿介(あやくら しゅんすけ)。33歳。この部屋の主である。
茶髪の童顔で、いまだにたまに学生に間違われたりもするが、実は総合病院勤務の外科医師で、手術の腕前は中々のものらしい。
一昨年の春、駿介がいつも通っている美容室Vitis(ヴィティス)に水緒が就職して以来、顔見知りではあったのだが、二人の関係が親密さを増したのは、今春も早々に、彼女が彼の勤める病院に入院したことがきっかけだった。
「もう何ともないかい?」
駿介が彼女の下腹に指先を滑らせ、傷跡辺りに軽く触れながら尋ねた。
「ええ、何とも。お見事なお手前でした。」
「しかしあの時は驚いたなぁ。
まさか夜勤の日に急性虫垂炎で搬送されて来たのが、知った娘だとは思わなかったからなぁ。」
「私だって。
まさかコッチが先に《カット》されるとは思ってもみなかったわ。」
水緒は、職場でまだヘアカットを任せてもらえない事に引っ掛けて上手いことを言っている。
「座布団一枚。」
駿介は座布団の代わりにキスをした。
「そういえば・・・。
手術で思い出したけど、あれどうなったの?」
「あれって?」
「ほら、去年のクリスマスイヴだったかしら・・・、手術中に亡くなった方がいてトラブルになってるって、ニュースになってなかったっけ?」
《ベッドの上で嫌な事を思い出させるなぁ・・・。》
そう思いながらも駿介は、『まだモメてる』と呟くように答えた。
プライバシーの問題もあるし、病院の一職員としては神経質に成らざるを得ない事柄だから、いくら恋人相手といえど、この件に関しては口も重くなる。
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