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「あの件では、前後の状況を思い出してみても、間違った薬を与えたとか、切っちゃいけないところを切ったとか、そういう医療ミスがあったとは思えない。
実際、今までの調査でもミスと言えるものは何も見つかってはいない。
僕は亡くなった女性の主治医じゃなかったし、あの日オペの執刀でもなかった。
だけどね・・・、オペ室にはいたし、検査の段階からかかわってもいたんだ。」
それから真っ暗な天井を仰いで水緒から視線を外し、一層靜かに言葉を続ける。
「僕たち医者が、あの子の母親を助けられなかった事は、間違いのない事実で・・・、思い上がった考えだって思われるかもしれないけど、僕個人としては、患者を助けられなかったという事実、それだけで医者にとっては失敗なんだと、そう思ってる。」
それは、居た堪れない彼の心が少しだけ溢れさせた、ずっと抑えていた想いだったのかもしれない。
もちろん、どんなに優秀な医者だとしても、神に成り得る訳もなく、万能である筈がない。
いかに手を尽くそうと、亡くなる者はどうしたって亡くなるのだ。
しかしそんなことは、水緒が言うまでもなく、医師である駿介の方が、ずっとよく分かっているだろう。
日々まさに、命の力強さと儚さを目の当たりにする事こそが、彼の生業なのだから。
水緒は下手な慰めなどは口に出さずに、シーツの上で、少し筋張った彼の手に自分の掌を重ね合わせた。
「彩倉せんせのそういうとこ、尊敬してるよ。」
夜空を覆った黒雲が、風に遊ばれ切れたのか、カーテンの隙間から月の明かりが射し込んで、唇を寄せる二人のシルエットを、遠慮がちに照らして見せた。
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