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ご婦人の押しの強さに断ることが出来ず、織希はしぶしぶといった風にアレクセイと共にご婦人の屋敷へと招待された。
馬車に乗せられたことも驚きだったのが、連れて行かれたその先でも驚かされてしまった。
自然に囲まれた静かな湖畔のすぐ近く、そこにご婦人のお屋敷が建っていた。
お屋敷を目の前に織希が思ったことは、「掃除が大変だろうな…」とその一言に尽きた。
「…あのご婦人はあなたのスポンサーかなにかですか?」
ぐったりとして動かなくなってしまったアレクセイの耳にそう囁きかけると、彼は頭を軽く左右に振ってそれから疲れたような声で答える。
「俺が死んだ孫に似てるんだ。…何度も養子縁組を持ちかけられているんだが、クロイツァーの名を捨てる気はないし、それに職人を辞めるなんて考えられない。確かにこの体質で苦しんではいるが、人間関係がギスギスしている場所にいるより、よっぽど堪えられる」
それで自分に救いを求めるような視線を向けていたのか、織希はようやくそのことに納得が出来た。
周りにしてみれば、アレクセイのこれは贅沢な悩みになるのだろうが、彼にとっては迷惑な話なのだろう。
二人がそうして話していると、先程の男が口を挟んできた。
アレクセイが心底から鬱陶しいという顔をしているところを見ると、この男性はアレクセイにとって本当に苦手なタイプなのだろう。
織希は黙り、男の言葉を聞くことにした。
「奥様はお前を心配しているんだ。それに全くの他人でもない、お前にだって継ぐ権利はあるんだ。職人だって辞めなくていいと言ってくれているじゃないか、場所が奥様のお屋敷になるだけだ。そんなにあの古い工房が大事なのか?」
この言いように織希はカチンと来てしまい、男の頬をひっぱたいてやろうかと思った。
それより先に動いたのは、どこから飛んできたのかわからない、一本の杖だった。
その杖は男の顔に当たり、そして地面に落ちる。
「あの工房はクロイツァーの原点じゃ。それを汚す発言をするものは、いかにお前であろうと許さぬぞ?」
品のある老紳士が鋭い眼光で男を睨み、そして織希に気づくとすぐに好好爺の笑顔を見せた。
「わしに免じて許してくれぬかの?黒髪のお嬢さん」
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