黒の体温

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どことなく気まずい雰囲気だと少女の敏感なセンサーは反応していた。 「……ほんとに……ごめんなさきゃあ!」 そうして焦りと緊張で口調だけでなく、歩きの足の運びも疎かになったか、階段に掛けた足が滑った。滑った足と体にかかっていた慣性の力が作用しあい、小柄な体が右斜め向きを前へ倒れ始める。 あまりに突然の事にどうする事も出来ず、階段の90°の端に自分の頭が打ち付けられようとなる状況にただ流されていく事しか出来なかった――。 「……っ?」 頭を打ち付けるまさに寸前の所で、足場が眼鏡の先数センチと言うところで少女の体は止まっていた。 「大丈夫か」 「あっ!」 左腕に伝わる感触。少年の右手が少女の左腕を高く掴み、寸での所で止めていたのだ。 体勢を立て直した少女は少年の方に体を向けながらもすぐに俯いてしまい、「あの……」や「その……」を繰り返す。 危なかったという鳥肌が後から経つような、夏だというのに冬のように寒く感じさせてしまう恐怖の記憶。さっきから一分もしないうち何回迷惑をかけたかも知れない罪悪感。 (……) ――そして、“あんな日々”があってから冷たく感じていた人の温もり。それがこの少年は、あの手はとても温かかった。何故か。久々に。 そんな色々彩り深い想いが彼女の頭を混乱させ、焦らせていた。 「……さ……さっきから……迷惑……かけてばっかで……あの……うっ……うぅ……なんて……お詫びしたらいいか……」 涙が完全に見える程になっている。壊れやすいガラスのような繊細な心はまた悲鳴をあげてしまったようだ。 ――ぴん。
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