黒の体温

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二人の先生が並んでソファに腰を掛け、テーブルの上に様々な書類を置いていたたが、遥はその場に立ち尽くしたままだった。 何をしたらいいのか分からない。 そんな目でただ俯いていただけだった。一瞬間が空いた後乃木山校長が向かいのソファーを指しながら 「あ、どうぞ、腰かけなさい」 「あ、はい」 一瞬遥の体が振動し、ぎこちない頷きと共にソファの位置まで移動し、ポーチを膝の上に起きながら、ゆっくり座る。 「――君は、あの海桜学園に通ってたらしいけど……」 あれから三、四分間はシラバスやまだ残っている手続きの説明で埋まり、そして今に至る。 「はい」 「はは、編入試験の結果が君の凄さを物語ってるよ。この学校では海桜学園には勉強の質は及ばないかもしれないが、挫けず頑張って欲しい」 「じゃあ今日はこれでお開きだ。九月一日、楽しみにしてるよ」 乃木山と益岡が席を立つと釣られるようにして遥も素早く立ち上がる。 「……ありがとうございます……では」 遥は深く頭を下げ、校長室と職員室を後にした。 「おお三幸さん、途中まで一緒に行こうか」 と職員室のドアを閉めようとした時、次期担任の益岡が入口に立っていたので思わず取っ手から手を離した。 笑顔の益岡だが、その笑顔が遥には何故か怖く感じられた。何か授業でも行う気だろうか。右手には出席簿と国語の教科書がある。 「あ、はい」 断るわけにもいかなかったので仕方なく横に並び歩調を合わせる。 誰かに合わせるとなると身長が140すら届かない遥ではとにかく早歩きしかない。 「そう言えば俺は国語をやっていてね、これから三年の補習講座なんだが――」 あまり他の人と二人きりだと不安に刈られるのは遥の昔からの困った性格。ただ相槌を打つ事しかせず、ただ愛想笑いしか出来ない。歩けば歩く程遥と益岡の間が広がっていく――無意識のうちの拒絶反応。 しかしそれでも益岡の話はずっと続いていた。それもさっき通ってきた道とは別ルートを辿っている為、何処が階段だか分からない。逃げられない。
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