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芙蓉が襖を開く。
部屋にいたのはひとりの青年。計算し尽くされたような完璧なその容姿は村の娘たちの憧れだそうな。
「……朝早くに申し訳ありません」
「いいや、構わないよ」
まだ布団の中で横になったまま、肘を突いて頭を乗せ、芙蓉に向かう彼。その様子に芙蓉は己の無礼を謝罪するも、青年はからからと笑って頭を上げるように言った。
「今回依頼されていた、例の妖は退治しました」
「うん、お疲れ様」
昨晩の妖退治を依頼してきたのが目の前の青年だ。彼は茜音の兄で、名を藤哉(とうや)という。
「それでは、失礼します」
手短に用件を伝え、下がろうとした芙蓉を藤哉が引き止める。
「報酬はいらないのかい?」
にこりと笑う彼をみた途端に芙蓉の眉がよる。
「さあおいで! 芙蓉ちゃん!」
布団を跳ね上げ、両手を広げる藤哉。
「失礼します」
温度差も激しく、完全に無視をした芙蓉は襖を閉めて視界を遮り、背を向けた。
藤哉は異様に芙蓉を気に入っており、まるで妹であるかのように扱うのだ。それがどうにも受け入れられない芙蓉は、彼が苦手だった。
「つれないところも可愛いなぁ」
襖を挟んだすぐ後ろで声がした。
「茜音さま、私はこれで」
挨拶も程々に、芙蓉は早足で来た道を戻る。すぱん、と背後で襖の開く音を聞いた芙蓉は、歩く速度を上げた。
■ ■ ■
「兄様」
「おや、茜音じゃあないか」
芙蓉がいなくなったのを確認してから、茜音は兄の隣に立つ。
「あまりあの子をいじめちゃ駄目だよ」
「いじめる? 何を言うんだい、これは純然たる愛だよ」
「ふふ、そうだね」
兄妹は笑い合う。意味深な笑みだと、近くにいた女中は思ったとか。
■ ■ ■
屋敷から少し離れた場所で、芙蓉は息を切らし、屈んでいた。
「何なんだ……」
思わず愚痴を零しそうになった芙蓉だが、ふと思い出したように顔を上げる。
「ああ、そうだ着替えないと」
彼女には次の仕事が待っていた。
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