弐 くすりうり

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―─先程までいた村から少し歩いた所に、小さな町があった。 町といっても、必要最低限のものを手に入れられる、粗末な店が少しばかり並ぶ程度だ。芙蓉はその町の外れにある店に入る。 そこは芙蓉が住まいとしている場所。 彼女はまず奥の間へ行き、着ている装束を脱ぐ。狩衣等をぱさりと落とすと華奢な白い身体が露になる。所々に巻かれている包帯が痛々しい。 質素な着物を纏い、髪を下ろしながら芙蓉は再び店に戻る。 「さて」 彼女がその足で向かった先には巨大な箪笥があった。正方形の引き出しが沢山あるそれは、天井に届きそうなほど高く聳える。その脇には液体の入った瓶やらが並べられた棚がある。芙蓉はそれらを整頓し始める。  からららら 「あのう……」 戸の開かれる音に芙蓉が振り返ると、小さな女の子が恐る恐るこちらを見ていた。 「いらっしゃい。いつもの?」 女の子はこくんと頷いた。 「少し待ってて……」 指で宙をなぞりながら、引き出しを選ぶ。すぐに目的の場所を開き、小さな麻の袋を出す。 「はい」 手渡すと女の子は安心したように小さく笑い、それを受け取る。 「お姉ちゃん、お代」 「いいよ」 「何が何でも渡しなさいっておかあが」 首を振りながら、女の子は右手を突き出す。頑として引こうとしない女の子に芙蓉は苦笑すると、手を差し出した。その手に落ちた銅銭は、握り締めていたのだろう、じんわりと暖かくなっていた。 「あ、待った」 すぐに帰ろうとする女の子を呼び止め、店先の棚からもうひとつ小さな包みを渡す。不思議そうにする彼女に芙蓉は言う。 「落雁。いつもひとりで偉いね」 頭を撫でると彼女は顔を輝かせた。 少女を見送ると、小さな背は急に振り返って大声で言った。 「お薬、いつもありがとう!」 走って行く女の子の背中が見えなくなるまで、芙蓉は店先に立っていた。 陰陽師、芙蓉は陽が出ている間は薬売りをしていた。
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