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店の後ろにある巨大な箪笥には薬草類が引き出し毎に分けられていて、完成したものは小瓶などの棚に収められていた。
芙蓉はあまり町の人々から代金を貰おうとはしなかった。しかし人々は感謝の気持ちを込めて、時折芙蓉の元に何かを持って来るのだ。先程女の子に渡した落雁も、客から貰ったものだった。
先程の客が去ってから、半刻もしないうちに乾いた音が再び響く。
「やあ嬢ちゃん」
「……珍しい、どうかしました?」
本日二人目の客が現れる。ひょい、と戸から体を覗かせ、歯を見せて笑うのは町の若い男だ。逞しい身体の彼は病気を抱えてるようには見えない。
「いやね、恥ずかしいが最近よく子供みたいな怪我をするもんで」
軟膏が切れたから買いに来たのだと、恥ずかしそうに言う彼は、確かに擦り傷や切り傷が目立つ。
「気を付けないといけませんね」
「まったくだよ」
男を座らせて、世間話をしながら薬を調合する。その最中、芙蓉は目を細めて彼をちらりとみる。
(……憑いてるな…)
彼の左肩辺りに黒い靄がかかっている。妖の中でも初期段階の軽い呪いや念の塊だ。俗に生き霊とも呼ぶ類。最近怪我が絶えないのはそのせいだろう。
「……でね、その女、未練がましく未だに恋文を送ってくるんだよ。 俺にゃあもっと上玉じゃねぇと釣り合わないって直接言ってやったよ」
「そうですか」
世間話は、彼自身の話に変わっていた。大声で笑う男に、乾いた笑いが零れる。十中八九、その女が原因だろう。男には見えないように印を組み、短く呪を唱える。靄の動きがぴたりと止まったのを確認した芙蓉は、男に薬を渡す。
「おう、ありがてぇ! 助かるよ」
手を振る彼を見送ると、芙蓉は少しずつ動き出した靄に声を掛けた。
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