参 しろ

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「さて、と……俺は御役御免かな」 「ああ、ありがとう玄武」 純白を彼女が迎えに来たのは、玄武が思考を飛ばして呼んだからだろう。 「いや、俺の台詞だ」 芙蓉の方を向き直って彼は言う。 「闘いに向かない俺を呼んでくれたのは、最近じゃ親方とお嬢だけだ」 頭一つ以上背の高い彼は、まるで芙蓉の兄のようだと端から見ていた茜音は思った。優しい瞳は、まるで藤哉が自分を見るのと同じ。 「お嬢を、よろしくお願いします」 ふと茜音を見つめて彼が言う。突然言われて驚いた茜音は、つい頷いてしまった。何について言っているのかもわからぬまま。 それを見透かしたように玄武は笑う。不思議な人、と茜音は彼を見つめた。 (あ、人じゃないのか) そう思ったときには、音を立てて彼は消えていた。 「さあ、帰りましょう」 「うん!」 歩き出した芙蓉に続き、茜音は来るときに通った洞窟へとまた足を踏み入れた。 まるで先程までいた場所が、夢の中であったかのように、茜音には感じられた。 ■ ■ ■ ―─屋敷へ向かう道中、芙蓉が足を止める。 「芙蓉?」 何事かと茜音がみると、芙蓉は空を見ていた。その視線を追えば美しい夕日が輝いている。 「わあ! 綺麗だね!」 「……はい」 少し間を置いて返事をした芙蓉。彼女の唇が小さく動く。その呟きを茜音の耳は拾った。 「……あかねいろ、だ」 その姿は女の茜音が見惚れるほど、美しい。そして彼女が自分の名の色を呟いた事が、嬉しいような恥ずかしいような、むず痒い茜音だった。 「ん、もう!!」 行き場のない感情を掌に乗せ、芙蓉の背に向けて、ばちんと叩き付けた。それは照れ隠しなのだが、突然叩かれた芙蓉は痛みやら何やらで目を丸くしている。 「今日はうちでご飯食べていきなよ」 茜音は芙蓉の腕に自分の腕を絡ませて、夕日に背を向けて歩きだす。 (……あれが芙蓉の世界かあ) 空には、月が輝き始めていた。まっしろな、三日月が。
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