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──文月の中頃。ここ数日の間、酷く暑い日が続いていた。氷が貴重な時代故、甕で冷やした水がよく売れる。
「おぉい、姉ちゃん、うちの父ちゃんがやられちまったよぉ」
開かれた戸口から薬屋を覗いた男は、暑さで伸びきった力ない声で店主を呼んだ。
「すぐ行きます」
奥の間から出てきたのは髪を結い上げた芙蓉だった。外は暑いのにも関わらず、彼女はいつもと変わらない涼しげな顔をしている。
道具を包んだ風呂敷を持つと、芙蓉は太陽の下へと出る。彼女の肌は光を映し、やけに白く見えた。
■ ■ ■
男に案内された家には、布団に横たわる男性と、人の良さそうな夫人がその傍らにいた。
「姉ちゃん、なんとか頼むよ」
「ああ、せめて孫の顔は拝みたかった……」
「あらお父さん、まずはお嫁さんでしょう?」
「うるせぇぞお袋! 親父も確りしやがれ!」
そんな他愛ない家族のやりとりに笑いながら、芙蓉は処置を始めた。
「…よし、あとはなるべく涼しくして、様子をみて下さい」
診察が一段落すると、芙蓉は夫人に竹筒に入れた水と少量の塩を渡しながら何かあったらまた伝えるように言い、家をあとにする。
ここ数日、暑さにやられて倒れる人が町で増えている。その度に芙蓉が呼ばれるのだ。
「……医師、じゃあないんだけどなあ」
あくまでも薬売りである彼女は、多忙な日々を送っていた。
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