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あれから屋敷に戻った芙蓉だが、彼女は中に入ろうとはせず、門の前で一点を見つめていた。
「……どうしたものか」
言葉の通り、些か困ったような表情を浮かべる芙蓉。彼女の視線の先には
「ううん……」
寒そうに身体を丸めて眠っている女性がいた。
見ていない振りをして帰ろうとしたのだが、どうにも見覚えのあるその顔に引き返してきた芙蓉だった。すっかり冷えてしまった女性の肩を揺らし、声を掛ける。
「起きて下さい、茜音さま。お体を壊しますよ」
女性とは、後ろに聳える屋敷に住む茜音のことだった。
茜音は芙蓉の声に反応し、薄く目を開いたが、すぐにまた伏せてしまう。
「あと少しだけ寝かせて……」
「わかりました」
茜音はその返答に勢いよく起き上がる。
「いやいや、起こしてよ」
「しかし……」
「んもう、いいよっ」
どうしてだか口を尖らせた茜音に、芙蓉は首を傾げる。
しかし茜音は我関せず、といった風だった。彼女が伸びをすると、ぱき、と小気味いい音がする。欠伸をして緩んだ顔で笑って言う。
「おかえり」
今度は茜音が首を傾げる番だった。
「おかえり」と声を掛けられた芙蓉が、ぽかんと虚を突かれたような顔をしたからだ。
「こらあ、言うことあるでしょ」
茜音の言葉に我に返る芙蓉。
(……この人には、敵わないな)
嬉しいはずなのに、何故だか芙蓉は笑えなかった。
(でも、私には許されていないんだ)
結局芙蓉は、茜音の言葉に応えず、苦笑いを浮かべただけだった。
――大人になりきれていない娘が背負うものは重いようだ。
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