騎士の狂気

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 広間には何も無かった。豪奢なシャンデリアも今は役目を果たしていなく、壁際に幾つも設けられた燭台の蝋燭も色を失っている。    床に敷かれた赤い絨毯の上を歩く一人の騎士の姿を、城下を見渡せる大きな窓から射す月光だけが僅かに照らしていた。   「急いでお逃げくださいセリア様。主戦派の騎士達がやって来ます」    騎士の暗い瞳は強い意思を宿し、その瞳はセリアと呼ばれた女性に向けられている。普通なら飲まれてしまう程の強い眼差しだったが、それでも視線を外す事はせずに騎士を見つめ続けた。   「何所へ逃げようと私は殺されてしまうでしょう。それくらいは分かります。それならば最後までジェノア、貴方の傍に居たい」    憔悴しきった表情は痛々しく、凛とした雰囲気も既に消え失せている。上将軍である彼の傍では戦闘に巻き込まれる危険は高くなる、しかし彼女は命を繋ぐ事を諦めていた。彼を望むのは彼女の最後の我が儘である。しかし、彼はその願いに答える事ができない。彼女を危険に晒す事なんてできないのだ。
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