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陽が熟し、世界が暁に染まる。辺境の都フォルスは、遥か後方にしみとなった。
フリトはまた思いを巡らした。彼女の顔の記憶は、彼女が木の葉となって風に散ったその日に失った。思いだそうとする程に簿やけてゆくのだ。
フリトの顔から笑顔を消したのはその出来事からであった。
フリトが他の土地の領主を辞退したのも、度々エルサントに繁る森や山を歩いていたのもそれが理由だ。
湖面を跳ねる透明感の声、鈴の鳴る様な笑い声、それに軽やかな身のこなし。慎み深さを破り、彼女の笑顔を引き出そうとする少年。
そういった記憶の断片からしか、彼女の影は見えない。
フリトは生ぬるい、咽ぶ塊が喉元にせりあがるのを感じた。虚しさ。フリトはその物とは数年来の付き合いだ。
「手持ちの食糧は保たせた方がよいでしょう」
寡黙なスパントが言い、漆塗りに金の鷹模様の槍を持ち上げた。皺を刻んだ壮年の顔は、フリトを見ていなかった。
家臣の背中を見送りながら、彼はその心使いに気付いた。
皆気にばかりかける。兄は短気をおし殺して辛抱強く諫めてきた。スパントは大将の位を辞退して、参謀としてこのフリトに武を教え賢を授け、深い情に包んできた。
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