プロローグ

2/2
前へ
/91ページ
次へ
記憶の世界は美しかった。なびく草原、森の光と陰。 リンと呼ぶと、彼女は華奢な首を巡らした。肌は透明な艶を帯びている。露に濡れた葉の輝きだ。 彼女に関する限り、全てがそうなのではないかと少年は思った。錫の音のような笑い声、月のつつしみ深さと明るさを持った笑顔。 少年は何時も、その瞳の奥に吸い込まれそうになる。 だがその時、少年は目を凝らす程に彼女が霞んで見えた。彼女の色が簿やけて、彼の目からこぼれる。 彼女はそこに居る筈。と不安になり、ゆっくりと透き通る様な肌に触れる。 すると彼女は居なくなった。 彼女は無数の木の葉となってフリトの手をすり抜けた。 風に散らされるまま、木の葉は激しく吹きすさぶ。 木の葉の群れは風に巻かれ、彼を揉み、吼え声も届かない場所へ飛ばされて行く。 それは山河に降り注ぎ、空へ消え行き、フリトには香りも残さず――。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加