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怒号が空気を破ってベィエンの城砦に轟く。
吠えながら、フリトは天幕に向かって鞘走らせた。
鮮やかな紫と紅花の模様に切れ目が走る。家臣の嗄れ声がした。
「如何なさった」
汗に塗れた身体と押し寄せる静けさとに驚いた。喪失は激しかった。嵐の後では、寂れた静けさだけが胸を詰まらせていた。
「スパントか。もう何でも無いんだ。構わないでくれ」
動悸で息を弾ませながら、彼の目からは冷たい物が流れていた。
侍女から受け取った布には、花の香が染み込ませてあった。布で顔を拭くと、まとわりつく様に香りがした。
恋人に触れた感触がまだ生暖かい。その温もりが彼の悲恋をさらに苦しめる。
リンは、夏の風の如く彼の思い出を駆け抜けた。風を追うという途方の無い事に対して、心は再び固まっていた。
胸をつんざく憂いに、侍女に命じる声が掠れる。
侍女はすぐに旅装束の準備にかかった。
金を帯びた紅色のベッドから鞘を拾い、太刀を納める。
陽はまだ昇っていない。彼は侍女を置き去り、幾何学的に模様入れされた部屋を出た。
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