フリトの冒険

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「兄さんには分からないんだ。彼女のいない空虚の大きさを。その世界がどんなに寂れているのかを」 ウォルハルトは、衛兵に剣の用意を命じた。フリトは溜め息をついたが、制す声に淀みは無い。 「兄さん、正気か?貴方には都の統治が残っている。フォルケ兄もゴディル兄も、平野の戦線を指揮する筈だ。行くなら一人だ。一人しかない」 ウォルハルトは苛立たし気に顔をしかめた。今度は、声を落とす。 「お前に立ちはだかっているのは魔法なんだ。剣を溶かし、鎧を砂と散らす魔法なのだ。辺境の騎士に何が出来る? みすみす骸を晒すのか」 「構うものか」 フリトは虚ろな瞳で兄を見上げた。茶色く焦げた瞳に映る、獣じみた様相。 「誰が、あるいは何が相手だろうと構わない。 旅の結末が死であった所で、寂れたこの世界と何が変わる?」 ウォルハルトの形相が醜く歪んだ。彼は獰猛に吠え、青年の横面を殴った。 フリトは壁に激突し、口からは泥の様に血が溢れた。瞳は、それでも貪欲な虚ろさで兄を見つめた。 「父の言葉を忘れたか。命を粗末にする事は許さないぞ」 ウォルハルトは侍女に命じて、弟の傷の手当てをさせた。
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