フリトの冒険

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フリトは目を剥いた。スパントの息を呑む気配。 人間の言葉ではなかった。それは木々の梢、草原の上を渡り歩く声、森の溜め息であった。 麗しき春に萌える花を唄い、夏に燃え盛る木々の活気を唄った。囁く様な、落ち着きのある声が徐々に変わる。 声は木を打ちたわめ、草を凪ぐ、嘆く風の甲高い音に変わった。 声は萎び行く秋を唄い、空虚の冬を唄った。激しい哀愁の風が、場の空気を凪いだ。 フリトは心が揺すぶられるのに気付き、強い意志で押し沈めた。 言葉は唄っている。それは草の僅かな動きや幹の軋み、木の葉の擦れる音で成る言語、森人即ちリュードの言語であった。 夏風が森の奥に消え行く囁きで、吟唱は締め括られた。 涼やかさが風の様に部屋を渡り、フリトの頭を無意識の爽快感が貫く。 「黄昏の爺」 老人の良く通る声が静ずけさを破る。それは森とは関係の無い、渇いた砂を擦る様な声だった。 「アーバルの溜め息とも言うな。ありがとう、爺や」 ウォルハルトが合いの手を入れた。表情に、穏やかさが戻っている。 「オロラの息子ゼフの詩だ」
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