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お互いに、少なくともいい気分ではなかった。妹だって、他人を傷つけるのを楽しめるわけではないし、兄はその痛みを共有する。
「そもそも、全部、兄さんが悪いんです。亞恋のこの癖だって、上手に友達が出来ないのだって、全部、全部、兄さんが悪いんです‥‥」
亞恋の悪い癖は単純明快。効率のよい自己防衛であり、対人恐怖症の人間が、その恐怖から抜け出すための、最も簡易な術だ。
他人を退けてしまえばいいのだ。
彼女は限界を超えると、他人を排斥しようとしてしまう。まるで、悪い病気のように、突発的に。
亞恋は、その難病に、もう10年近く罹患したままだった。
「‥‥」
「‥‥」
亞恋が、いつもより小さく思える。いつだってそう。失敗をしては小さくなって兄に隠れる。
そして、結局はいつものように、小さな声で風に乗せるようにささやくのだ。
「兄さん、ごめんなさい‥‥」
けれど、返す言葉は見当たらない。こういうとき、何と言えばいいのかは、未だに正解を見つけられないでいた。
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