夏宵

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今日も蝉が無駄に元気だ。 彼等の存在感は、夏だけだから、余計に生を感じさせるのだろう。 青い空に、こんもりとした入道雲。 教室から覗く景色に、眩しくて目がチカチカする。 「炎天下で部活するやつの気がしれない」 隣で呟く声。 「Mとしか言えないよね?」 眼鏡姿の友人は皮肉を言う。 「それは、いいとして……、早く写してくれないと、教室も冷房切られるよ」 「うひぃ」 奇声を発して、友はノートに顔を戻す。 夏の空は高い。手が届きそうな、冬とは違う。近づくだけで焼け落ちてしまいそうだ。 「透子」 「ん~?」 「告っときなよ?」 突然の話題に、頭がついていかない。 何を言い出したのかと友を見た。 「え?今、そんな話だった?」 「違うけど、気になったから言った」 友は、顔を上げない。忙しく右手を動かしている。 「大学になったら、離れちゃうんでしょ?」 他人の口から聞くと余計にリアルを感じる。 手を伸ばして届く距離、呼べば近くに来てくれる距離は……もう終わろうとしている。 ぼんやりと……その始まりを、記憶は追っていた。 この街に引っ越してきたのは、9年前になる。両親の仕事の都合とはいえ、新しい環境というものにすごく不安を覚えた。 転校初日も……、緊張で…泣きそうで。 自分に集まる視線に堪えられなくて……名前も言えず……、俯いていた。 「環 透子(たまき とうこ)ちゃんだ。皆、仲良くできるかな?」 担任の先生が紹介してくれた。 クラスメートたちは元気よく歓迎してくれたけど、不安には変わりなくて。 「じゃあ、環は手島の隣に……」 どこだろう?と恐る恐る顔を上げる。 「こっち」 分かりやすく上がった手が、呼んでいた。 陽に焼けた肌の男の子だった。こっちを覗く瞳は、人懐っこい、だけど優しい感じがした。 「おれ、手島 真紀(てしま まき)わかんない事あったら聞いて」 にっこりと優しく笑われて、思わず下を向いた。 どう返していいか、わからなかった。 「えっと……」 混乱したのは向こうも同じなようで……。 だって仕方がない、こんな優しく笑う男の子、今までいなかったから。 周りの男の子なんて、みんな意地悪で怒りんぼうだったから。 何か言わなきゃと思ったけど言えなくて焦りだした時、ふわりと何かが頭に触れた。 「……?」 「大丈夫だよ」 気づけば、頭を撫でられていた。 「大丈夫」 繰り返される言葉がすんなりと信用できた。
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