378人が本棚に入れています
本棚に追加
/197ページ
「えっ?」
茗の身体は包丁を拾い、両手で握った。
狂気に孕んだ瞳に、強い意思を取り戻す。
硬かった唇を、ぎり、と歯で噛んだ。
包丁の切っ先が、腹部に当てられ、
「……殺させない」
滑るように突き刺された。
「茗!?」
それは一瞬の出来事だった。
「--ごふっ」
うつぶせに倒れ込んで吐血した。
「茗!」
倒れ込んだ茗を慌てて抱き抱える拓也。傷口から絶え間無く流れる血が、茗の身体を真っ赤に染める。
「何で……」
「鬼を、止めるには……これしか、なかったの……」
力無く落とす言葉。
「……拓也……」
「何だ?」
「お、願い……私を幽霊屋敷に、連れてって……」
「何言ってんだ!早く病院に--」
茗の指が、拓也の服をぎゅっ、と掴みしめる。
「……私はもう、助からない……。だから……お願い……連れて、いって……」
今にも死にそうなのに、茗の目は強く輝いて、
「拓也に、言ったでしょ……?私は大丈夫、だから……拓也は何も、心配しなくていいって。私はずっと、前から死ぬ事が……決まってたの。……だから、何も、気にしないで……」
とても綺麗な笑顔を見せてくれた。
「茗……俺は、俺は……おまえに……」
まだ諦められない。すると、
「小夜子」
真っ赤な着物を着た小夜子がいた。その後ろには、白装束に赤い袴の巫女が二人。
巫女の一人は周りにあるのと同じ木箱を持ち、もう一人は鍔のない白い刀を持っていた。
「ごめんなさい……私のせいで……三年も、待たせちゃったね」
小夜子に視線を移す茗。
「いいの、あなたはちゃんと約束を守った。最後に何かお願いはある?」
小夜子はそっと茗の脇に屈み込み、耳を近付けた。
「--」
茗の小さな口から洩れたか細い声は、拓也に届く前に雨音に掻き消された。だが、小夜子には届いたようだ。
「……分かった、約束する。絶対に守るわ」
そう言い立ち上がった小夜子は二人の巫女へと近付いた。
「これより、鬼降ろしの儀を執り行います」
ピッタリと重なり合うこの場に似つかない幼い声。鍔のない白い刀を持った少女が一歩前に出て、小夜子にそれを渡す。
最初のコメントを投稿しよう!