プロローグ ひょっとしたらそこが始まり

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暗所だった。光源がないわけではないが、明らかに不足していた。 中空に漂うその灯りに、電気の類いが通っている様子はない。それ自体が発光しているようで、質量はゼロに等しい。 鼻をつくすえたような匂いからして、そこは地下かもしれない。大人が歩けば三歩で踏破できてしまうほど狭く、足元は土肌がむき出しで、しっとりと湿っている。侵入者の靴を泥で汚すことを狙いこんなところにいるならば、その者の狙いは確かに成功しているといえた。 その者は、かろうじて照らされている机上を一心に見つめていた。 机上はレポート用紙やフラスコが雑多に散らばっており、理科の実験が終わったばかりだといわれれば、すんなりと信じたに違いない。 しかし真実として熱心に実験をしているのは年老いた男であり、顔には深く皺が刻まれている。 老爺が熱く視線を送るのは、数あるうちの二本のフラスコだった。 一方は赤黒い粘性のある液体であり、見方によっては血液と思える。一方は透明な液体で、さらさらとしている。ただ、机が揺れてもいないのに不思議と波打っていた。 つと、老爺の手が伸び、透明な液体が入ったフラスコを掴んだ。余程大事なものなのか、意思とは無関係に震える指先を必死に自制しているのが見て取れる。それをゆっくりと、もう一方のフラスコの中へと注いでいった。 二つは混ざりあうようで決して混ざらず、また極限まで混ざりあっていった。
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