予感

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「お詳しいんですね」 「……一応、歴史の教師なんです。といっても学校の敷地の中には山姥をまつっている史跡も残っています。だから須賀先生も、嫌でもすぐに分かりますよ」 「──早く、佐藤先生とお仕事を一緒にしたいです。きっとお若いんで生徒にも人気なのでしょう?」 微笑みながら、佐藤の目をしっかりと見据えて言う。 ──ああ、もう遅い。 「……そんな事はないですよ」 ──ああ、頭がぼうっとする。 「本当ですか? こんな素敵な方、生徒がほうっとく訳がないわ」 くすくす笑いながら、佐藤に言う。その瞳の奥に、闇を見たのは気のせいだったか。 「もう、学校の場所は分かったから大丈夫です」 佐藤の腕に自らの腕を絡ませる。そもそも駅からこの学校に来るまでは、ほぼ一本道の筈だ。迷う筈がない。でも。 ──もう遅い。 「私お腹が空いたんです。佐藤先生は? お時間が良いようだったらご一緒に食事に行きませんか?」 佐藤は、ぼおっとする頭の奥で思った。 そうだ。山姥の伝説では山姥は美しい女の姿で、男の前に現れて喰らうという。いや、血を呑むともいったか。 もう、どちらでも良かった。自分のこの血肉を、女が望むなら喜んで差し出したい気分になった。 佐藤の肩に女の髪がかかる。 漆黒の黒髪だ。 ──触れたい。 それが、佐藤が自分で思った最期の思考だった。
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