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用務員の小父さんが毎日、欠かさずに花を供えているのを浩美は知っていた。
それを歴史の史跡だともいうのかもしれない。ただただ、浩美は泣いた。もう訳が分からない。何がそんなに怖いのかは分からない。ただただ、浩美は泣いた。
それは墓石だった。昔からこの土地に伝わる伝説の山姥の。墓石の近くには桜の木が緑の葉を携えて佇んでいる。
頭の奥で佐藤はもう駄目だ、というのだけは分かった。何故、確信出来るのかは分からない。分かりたくもない。嫌な事が起きる。それだけは分かった。
──ここは大丈夫。
浩美は、はっとして辺りを見回す。優しい風が浩美を包んでくれている気がした。母に包まれているような安心感。
浩美はだんだん冷静さを取り戻す。あの女は浩美の顔を見ただろうか……。
否、距離にして約100メートル。坂は緩やかにカーブをしているし、学校は山の中腹にあるため、木々がうっそうとしている。おまけに日も落ちかけていたし外灯もほとんどない。女性徒というのは分かったかもしれないが、顔までは識別出来ていない筈だ……。
──きっと大丈夫。
浩美は汗や涙で、ぐだぐだになっている手に握られていた携帯を、制服のスカートでぬぐった。そのまま電話をかける。
母親に迎えに来て貰おう。文句を言われても仕方がない。
ぼおっとする頭で考えた。この事は口外しない方がいい。誰も信じる筈がないし、敵に自分の存在を知らせる危険がある。
──敵って?
浩美は墓石に体をむき直して手を合わせた。そうやって母親が迎えにくるまでのしばらくの間、感謝の念を墓石に伝えていた。
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