23 祝福のチャペル

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「あ、あのさーー」 「マリア!やっと終わったよ!」 ややあってレックスが重たい口を開こうとした時、家の扉が勢いよく開いて黒髪の男が入ってくる。 馴れ馴れしく名前を呼ぶ事は勿論だが、かなり距離が近い。 挙げ句の果てには甘ったるい声で「愛しのキャシー」などと言いながら彼女から赤ん坊を受け取ったのだ。 (……相手はこいつか) その瞬間、腹の奥から仄暗い感情が沸き起こった。 無意識に冷たい視線を送るレックスに、男は「ああ大変失礼しました!」と態とらしく向き直る。 「今日はありがとうございました。住民を代表して御礼を申し上げます、国王陛下。ご無事で何よりです!」 と言って深々と頭を下げた。 「気にするな」口ではそう言いつつも、レックスは目の前の男とマリアの関係が気が気でなかった。 「あなた、置いていかないでよ!しかも自己紹介もしないで失礼な!」 すると少し遅れて髪をゆるく編み上げた女がやってきて、同じように頭を下げてレックスに礼を言うのだった。 「国王陛下、気が付かれたのですね!私はこのヘンリー・ケルンの妻、ミーティアと申しまして、夫婦で開業医をしておりますの。それでもマリアの力には驚かされました。あの時はとても心配しましたが凛とした立ち振る舞いには感銘を受けましたわ!勇猛果敢な国王陛下に、心から御礼を」 それから2人はマリアに「娘を預かってくれてありがとう、患者の容態が安定したから診療所に帰る」と言い去って行った。 どうやら彼等は一時的に子供をマリアに預けていただけのようだ。 「……」 「……」 「……もしかして私の子供だと思った?」 「思うだろあんなの……っ」 レックスは顔を手で覆い「ハァーー」と長いため息をつきながら情けなくしゃがみ込んだ。 正直寿命が縮む思いをした。 これは絶対に言えないが、あの男から彼女をどう奪うかの算段までつけ始めていたので杞憂に終わり本当にホッとしている。 するとマリアが、どこか切なげに微笑んだ。 「まだ、ヤキモチ焼いてくれるんだ」 「ってなに」 それに焼きもちなどという可愛らしい感情(もの)ではない。 「結婚するんでしょ?」 「はあっ!?違えーよ!!」 思わず大きな声を出して立ち上がる。 しかし残念ながら思い当たる節はいくつもあった。 「誤解だ、週刊誌(ゴシップ)なんか鵜呑みにするなよ!」 「でも仲良さそうに腕組んでた」 「違ッ!あれは向こうから!!しかも国交上仕方ない付き合いで……ああもう心読めッ!!」 彼女の場合、言葉より行動だとレックスは直感した。 片腕でマリアを力任せに抱き寄せると驚いたように目を見開いていた。 これまでのレックスの記憶を読んだのか、最初は嫉妬に眉を寄せていたものの、徐々に白い頬が赤く染まっていく。 マリアへの気持ちを伝えるにはいくら言葉を尽くしても足りない。 全てを説明するのも面倒だった為、丁度いいとさえ思った。 「わ、分かった。分かったからもう離して」 「だめだ。ちゃんと確認しろよ」 真っ赤な顔で目を閉じながら何度も頷くマリアは何を読み取ったのか、可愛らしかった。 彼女が以前よりも少し小さく感じるのはきっと体格差が更に開いたからだろう。 レックスは王位についてからも毎日トレーニングを欠かさずしていた事もあり、筋肉量も少年時代と比べて増えている。 出会った頃は大して変わらなかった身長も今では頭ひとつ分違った。 お互い成長しているのに、何故かしっくりくるのだ。 不本意だが政治的な思惑や対抗勢力からの陰謀も含め、これまでレックスとの関係を匂わせ、噂された相手は少なくない。 事実無根にも関わらずアウロラやエレナに白い目で見られた時期もあったくらいである。 しかし地位や名誉に執着する、見た目ばかりを着飾っただけの女達とマリアを比べるまでもなかった。 「約束しただろ」 「うん……」 だけど少し不安だった、と小さく零れ落ちた本音には流石に胸が締め付けられた。 「遅くなって悪かったよ。けどお前があちこち飛び回るせいで会えなかったのが原因だぞ。捨てられたと思ったのはむしろ俺のほうだ」 「……少しでもあなたの役に立ちたかったの。私の罪は消えないけれど、せめて生まれ持ったこの力をこの国の人達を助ける為に使いたかった」 それは、彼女自身の存在意義をかけた贖罪の旅であった。
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