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マリアはこの5年、勉強して様々な医療分野の資格を取得していた。
そうして広大なバルテウス国内の各地を巡り、その地域の医療従事者のサポート役として働かせてもらう。
命の危険のある怪我人は積極的に自らの血を使って救った。
心を読める能力は特に言葉が話せない小さな子供の患者を診るのに役立った為、よく面倒を任せられていたという。
だから赤ん坊のあやし方もあんなに手慣れていたのかとレックスは納得する。
それにしても姉弟揃って考えがよく似ていると感心した。
16歳になったマルセロは現在医師になる為に猛勉強中である。
先日久しぶりに会った彼は立派に成長していて、その夢を叶える日は必ず来るだろうと確信した。
マリアは時に、自身の存在を知るエデンの残党と戦闘になったりもしてそれなりに修羅場を潜り抜けてきたようだ。
命を狙われる危険があり、自らの血の特殊性も理解していたマリアは自分の噂が広がる前に次の地へと去って行く。
そうして現在たまたま居着いていた地が、ここだったという訳である。
「それにしても連絡くらいしろよ。電話にも出ないってどういう事?音信不通になってから極秘に捜索もさせたんだからな。かと思えばアウロラやマルセロとはいつの間にか手紙で連絡取り合ってるし……。口止めされてるからって俺には何も教えてくれねーんだぞあいつら」
「それは……何度目かの旧エデンの襲撃で……」
「……携帯電話を壊したのか」
「言ったら心配すると思ったから。それで、そのまま……」
「別になくても困らなかったし」という彼女に、レックスは筋違いな怒りが湧く。
自分が言えた立場ではないが彼女は危なっかしくて心配になる。
それに滞在期間は短いとはいえ、妙な虫が付きでもしたらたまったものではない。
「心配どころじゃねーよ。知ってたら影にお前を連れ戻させてた」
アンブラとは、レックスが王位についた際に結成された決して表に出る事はない王直属の精鋭部隊である。
マリアには秘密だが実は彼女に関しての情報入手には何度か彼らの力を借りていた。
最初の数ヶ月は護衛として秘密裏に見守らせていたが、マリアに勘付かれーーおそらく正体までは気付いていないーー逃げられてしまったのだ。
「公私混合しないで。襲ってきた残党は全員返り討ちにしたよ。それにあの頃はレックスも内政改革で忙しかったでしょ。邪魔したくなかったし。後は私も目標というか、理想があったの」
「ーー?」
「あなたの側にいても恥ずかしくない女になりたかった」
「……っ」
「他の事なら平気なのに、レックスだけは諦められなかったから……。だから我慢して……。本当はずっと……会いたかったよ」
レックスは更に強く彼女を抱きしめる。
腕が一本しかないのがもどかしかった。
「決めたの、私。もう自分の心に嘘はつかないって」
今のマリアの声には以前のように自信のなさからくる不安定さはなかった。
とんだ告白に愛しさが募るレックスはたまらない気持ちで言葉を返す。
「ーーそんなの、俺だってそうだ。昔の俺は責任も取れないくせに口先ばかりで、何も分かってない子供だった……」
2度目の災厄後、崩壊した国を立て直す作業は気が遠くなる程大変な道のりだった。
英雄と持て囃されてもレックス1人で出来る事などたかが知れており、自分の無力さを痛感した。
これまで国を守ってきた先人の立役者や仲間達に支えられながら、どうにかやっと前に進める状況である。
国民の期待に答えなければならぬ重圧。
レックスの立太子に好意的でない者も存在したし、散り散りになったエデン残党の数も不明。
不安要素は枚挙にいとまがない。
当時まだ王にもなっていなかったこの中途半端な状態でマリアと一緒になっても、守るどころか側にいる事で傷付けてしまう可能性さえあった。
レックスはそこで長期戦を決め、外堀から埋めていく事にしたのであるーー。
「好きな女を自分の力で幸せにできないなんて情け無さすぎるだろ。だから誰からも認められる王になってからお前と一緒になるつもりだった。それにーー」
少し間を置いたレックスはマリアから少し離れ、彼女の腹部にそっと触れた。
「後継の事?」
「そうだ。俺に王家の血が流れている以上、伴侶となればお前の身体に重い負担をかける事になる。バルテウスの血の呪いみたいなものだ。だから俺は、子供は必要ないと思ってーー」
「知ってる。けど、王家の血筋なら問題ないんじゃない?」
「ん?」
「だから、私が特殊な血族なら解決するんじゃないの?」
「んん?」
それからマリアの口から明らかになったのは、とんでもない事実だったーー。
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