23 祝福のチャペル

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マリアの生まれ故郷である北の果て。 そこで暮らしていた人々は、元を辿ればフェルゼン王家の分家筋だった。 数世代に1人産まれるという女神の力を持つ存在。 その稀有な血を守るため大昔に祖国から離れた一族だったという。 古代言語や魔法を操れる彼等はダマーヴァンド山の麓でアジ・ダハーカの封印を守りながら代々伝承を伝えてきた。 世界を守る宿命を背負った尊き一族は、十数年前の悲劇により壊滅した。 近親婚を繰り返し元々人口も減っていた彼等の生き残りは元から殆どいない状態だったようである。 よくよく考えればレックスの母親であるシャルロッテもフェルゼン王家で、マリアと同じ治癒の力を秘めた血を有していたという。 今までも可能性としてはあり得た話だったが、それだけで十分に確証が持てる材料だ。 これ程までに近接した世代で女神の血の力が顕現したのは奇跡に近い確率である。 マリアの人の心や情景を読み取る力も、生まれ持った王家の血の能力であったなら全ての合点がいく。 「ーー王立図書館で調べ物をしてたら、古代王朝の家紋が記された古文書を偶然見つけたの。1000年以上前の話だから、今のフェルゼン王は知らないと思う……」 朧げな記憶の中でマリアの父が持っていた剣に刻まれていた紋様と同じものを書物で見た事から興味を持ち、特別に許可を得て調べてみればとんでもない事実の発覚。 淡々と詳かにされる古代文字の読解力は同席していた考古学者をも遥かに凌駕し、脱帽させたという。 暫くレックスは呆然と話を聞いていたが、やがてマリアの肩を強く掴んだ。 「それを早く言えっての!」 「え?」 マリアはきょとんとした顔で、自分がどれ程の発見をしたのかよく分かっていない様子だ。 「それが分かってればもっと早く結婚できてた……」 一方レックスはがっくりと項垂れながら説明する。 王の結婚相手として問題視されたのは身分の差と、その身に子供を宿せるかどうかという事だった。 バルテウス王家は生まれながらにして強大な魔力を持つが故に、その影響に耐え得る者が家格順に妻として選ばれるのが慣例である。 その証拠に、歴代の王妃は遠縁でも分家筋の貴族であったパターンは多い。 王の魔力に馴染ませやすくする為に、夫が妻に自身の魔力を直接注ぎ、互いの背中に王紋を刻む「夫婦(みょうと)の儀」というものが存在する程だ。 「俺が子供を作らないと言ったら元老院の閥族派(石頭)に猛反対されてさ。身分だって関係ないと押し切りたかったけど、マリアに肩身の狭い思いをさせちまうと思った」 何なら「側室」という言葉も出たくらいだ。 しかしレックスはマリアを側女にして正妻を娶るなど考えられず、泉のように湧いて出る見合い話を全て断っていた。 国はある程度の安定を見せ始めていたものの、こと結婚に関しては外野を黙らせ、マリアを探していたこの数年は頭痛の日々だった。 「お前は元から全ての条件を満たしてる。むしろ、これ以上の奴なんかいない。やっぱり最初からマリアしかいなかったんだ」 自覚するまでに時間を有したものの、彼女を伴侶にしたいと考えた自分の直感はやはり正しかったのだろう。 しかしレックスはもう決めていた。 「けど俺はお前が一番大事だ。無理して古い仕来りに拘る必要はない。王家の血は俺の代で終わらせる」 一番心配なのは母シャルロッテのような結末になる事で、それだけは絶対に避けたかった。 仮に出産が彼女の直接的な死の原因でなくとも大きなリスクである事は変わりない。 「……私は子供、欲しい」 珍しくはっきりと自分の意思を口にしたマリアには、それなりの知識があるようだった。 驚くべき事に、体内の魔力を制御(コントロール)できる古代魔法が存在するのだという。 「待て待て。そんな都合の良い魔法なんて本当にあるのか?言っとくけどお前の身体に負担かからない事が大前提だから」 「実際は私のお腹にこういう聖紋を刻んで、幾つか制約もかけたりするから、工程は少し複雑だけど魔法自体は誰に対しても使えるし安全」 そう言ってマリアが手にしたノートには、見たこともない古代文字が羅列された複雑な紋様が描かれていた。 「レックスの魔力は私に馴染んでたから、儀式をしてからも少しずつ慣らしていけば体内で抑制しやすくなるんじゃないかな」 賢者ですらその全容を把握出来ぬ程に種類があり、上位魔法とされる強力な古代魔法。 その難解で高度な術式から時代とともに退廃した古の魔法だが、知識さえあれば現代で使えるような簡単なものもあるという。 古代文字で書かれた魔術書を唯一理解できる一族の末裔だからこそ成せる技であった。 「あんなヤバい儀式の事まで……よく調べたな。一族繁栄の為とはいえ、世界的にみてもバルテウス王家は女に負担を強い過ぎだ」 レックスは王になってから、これまでの歴史で王家の「力」に対する異様な固執を知る事になる。 血の存続の為、王の子を産み早生するという歴代の妃達の話を知った時は言いようのない気持ちになった。 マリアの覚悟は十分伝わっていたが、レックスはもう二度と彼女を失いたくないという思いがある。 どれだけの秘策があっても恐怖は隠せない。 そんなレックスの懸念を知ってか知らずかマリアは安心させるように微笑んだ。 「私ならちゃんと役目を果たせるよ」 「……役目ってお前、責務とか感じて気負ってないか?俺はマリアさえいてくれたら、本当にそれだけでいいんだ。何者であろうと関係ないし、肩書きなんかなくたっていい。……けどお前が気にしないわけないよな。俺の立場のせいで、悩ませてごめん……」 「そんなの、お互い様でしょ」 「俺はマリアと結婚できないなら、一生独身でいいとさえ考えてたんだ。お前は子を産む道具じゃない。無理だけはしないでくれ」 珍しく慎重な姿勢を崩さないレックスに、マリアはどこか悲しそうに眉を寄せた。 「私はただ、好きな人との子供が欲しいと思っただけ。それっていけないこと?そうやって心配すると思ったから、大丈夫だって分かるまで王家の風習を調べたし、古代魔法だって勉強したんだよ。それとも王様に家族は必要ないの?」 マリアの言葉にレックスはハッとなる。 ーー家族。 それはレックスがずっと欲しくて、けど今は全て失われたものだ。 その甘美な響きに意識を傾きかけていると、マリアが穏やかな声で続けた。 「けど私には今の王家の事情はよく分からない。もし継承権を持つ存在が公になると都合が悪いなら、裏でこっそり会おう。無理して一緒にならなくても陰から支える事はできる。子供が出来ても離れた所で私が育てるから安心して」 最高な殺し文句で舞い上がっていたら一気に崖から突き落とされた気分である。 レックスは顔を手で抑え、天を仰いだ。 「……お前、それ本気で言ってる?」 マリアは健気に頷いた。 彼女は確かな繋がりさえ持てればどのような関係でもいいのだろう。 お互い独身を貫くのも愛だと。 要は愛人でいいと、言っているのだ。 しかしそれをレックスが容認する筈もない。 「そんな事させる訳ねーだろ馬鹿ッ!子供を一人で育てるつもりだわ、俺の意見は完全無視だわで安心どころか心配で夜も眠れねーよ!」 あんまりな内容に、怒りにまかせて久しぶりに学生時代のように乱暴な言い方をしてしまう。 一方マリアは「何でそんなに怒ってるの?」と可愛らしく首を傾げているが許す気はなかった。 「大体お前は昔から危なっかしすぎる!相談もなしに一人で勝手に突っ走んな!」 「……っ!レックスにだけは言われたくない!王様なのに無茶ばっかりして仲間にも心配かけて!今日だって私がいなかったら危なかったくせに!」 「〜〜〜!!」 マリアの反撃にレックスはぐうの音も出なかった。 このままでは面目が立たない。 はっきり言葉にしておかないと今後ますます彼女に頭が上がらなくなりそうだった。 「…………ならこうしよう。これからはお互いが無理をしないように側で見てるんだ。この先、ずっとだ」 気を取り直して深呼吸した後、改めて彼女の白い手を取る。 真剣な表情をしたレックスは床に膝を付き、そしてはっきりと目を見て告げた。 「マリア。俺と結婚してくれ」 「!」 「今となっては英雄視されてるが血塗られた歴史を持つ王家だ。お前にもバルテウスの業を背負わせる事になる。それでも……俺はお前が欲しい。辛い思いをさせちまうかもしれない。けど必ず守るから」 緊張しながら返事を待つ。 流石にこの流れで求婚されるとは思ってなかったのか暫く驚いた様子のマリアだったが、やがてしっかりと頷いた。 「よろしく、お願いします……」 その大きな瞳には、うっすら涙が浮かんでいるように見えた。 しかしどこか神聖で感動的な場面も長くは続かない。 「……さっ!そうと決まれば、早速その魔法使おうぜ!俺も手伝えばすぐ終わるよな?本当に安全かどうか、しっかり確かめてやる」 「えっ!今から!?」 「お前には言葉よりも行動だって事をすっかり忘れてたぜ。おかげで覚悟が決まった。これから一緒にがんばろうな?」 今までの厳かな雰囲気とは一転し、レックスは恐ろしいほど爽やかな笑みを浮かべていた。 身の危険を感じたマリアは思わず後退るも、隻腕とは思えない力強さで抱え上げられる。 それから当然のように階上の寝室へと向かった二人は、暫く部屋から出る事はなかったーー。
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