寒空の下で

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その壬生狼ーー新選組に気を配るのは全て、吉田達、倒幕側の安否の為だと吉田は知らない。知らないからこそ、憤るのだ。 身分や出身地が露呈しても、身動きが取りづらくなるくらいで命に関わる事はない。新選組に捕まる可能性を、微塵も考えていない。 双葉の脳裏に今は懐かしい分厚い資料が過る。裏藤を知る為にもと、膨大な歴史資料を読み漁った。幕末の資料は特に乱雑で、当時の動乱さが手を取るように分かった。政局は常に動く。人が一人、現実に打ちひしがれたとしても。ただ、淡々と、紡がれていく。 「そりゃ、必死になるでしょ。来年、長州は窮地に立たされる。倒幕だなんて、考えられなくなるくらいには」 「ーーは?」 どういう意味、と吉田が口を開くより先に双葉は吉田の発言を封じるよう、口先に手を当てた。 「僕も、雛と同じ先の時代から来たことを忘れないで。そして、雛より政の流れはよく知っているんだ。どの時代に誰が死に、誰が生きたか、とかね。……ま、そういう密書って、結構、破棄される事が多いんだけど、きちんと残してあるのが藤森なんだよね」 血に濡れた文もあった。確実にソレに関わっている事が分かる密書と業物もあった。わざと置いておく筈がない。恐らくだが、全て本物だろう。だからこそ、日の目を見る前に、裏藤を乗っ取られる前に、焼却したのだが。 そこに、ここ最近見慣れた名が刻んであった。 ちらりと吉田を見ると、今にも人を殺しそうな程の殺気を自分に向けている。結論を話せという事なのだろうが、残念、話す気はない。そう、今は、まだ。 「悪いんだけど、詳細は言えないんだ。藤森の内情に関わるからね。雛がやろうとしてる事に差し支えるし。ま、気になるなら、その内にね」 「はっ、来年だっていうのに悠長な事だね。法螺なんじゃないの?」 吉田は差し出されていた手を払い退けると、双葉の胸元を乱暴に掴み上げる。
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